エリザベートに新たな視点、映画「エリザベート1878」8月25日公開
ミュージカル「エリザベート」で、日本でもすっかり知名度が高くなったオーストリア最後の皇妃エリザベートを主人公にしたオーストリア他4か国合作による新作映画「エリザベート1878」(マリー・クロイツァー脚本、監督)が8月25日から全国公開される。
エリザベートが40歳の誕生日を迎えた1877年12月24日からの一年間を虚実取り混ぜて日記風に描いた作品で、ミュージカルではないが宝塚ファンならちょっと気になる新作だろう。かなり大胆な新解釈が施されていて結末は明かすことができないが、皇妃とはいえ人間そのもののエリザベートの内面に迫った映画ならではの展開で最後まで飽かせない。
エリザベート40歳、1878年というと皇太后ゾフィーの死後6年目、ミュージカルでは二幕の第5場、運動の間で医師に扮したトートがエリザベートを死に誘うがエリザベートが突っぱねるあたりから旅に出るシーンぐらいまでと重なり合う。映画は何年かのエピソードを1年にまとめてあり、決して史実通りではない。
皇太后ゾフィーが亡くなり、三女ヴァレリーを自分のもとで育てながら、自由奔放に生きるエリザベートだったが40歳という当時の女性にとっては死を意味する節目の年を迎えて、皇妃としての一番の存在価値だった容色の衰え、忍び寄る死の影に怯えながら、男性社会の中で女性としての尊厳を守るために戦いぬいた記録ともいえよう。
ミュージカルでは描かれなかったエリザベートの愛人の存在や、従弟のルードヴィヒとの関係、ルドルフはじめ子供たちとの忌憚のないやり取り、長い髪の毛を自分で切ってかつらをつくり、影武者を使って公務を乗り越える大胆さ、さらには夫フランツに若い愛人を自らあてがう描写など、エリザベート自身がいかに愛に飢えていたかの裏付けとして淡々とあっさりと描かれているが、これが現代なら大変なスキャンダルとして報じられただろう。医師に勧められてヘロインを吸引するなど知られざるエピソードも満載。
エリザベートに扮したヴィッキー・クリープスは、ルクセンブルグ生まれで舞台出身の女優。「ファントム・スレッド」のヒロイン役で注目され最近では「ベルイマン島にて」などに主演している注目株。素顔は決して美形とは思わないが、芯のある演技力でエリザベートのなりきっていて、コルセットを付けてドレスを着た時の立ち姿に気品が漂うのがさすがだった。
フランツ・ヨーゼフやルドルフ、ルートヴィヒとミュージカルでもおなじみの人物が登場するが、ルドルフから愛人との関係を清算するようにいさめられるシーンが印象的、ルドルフ役はアーロン・フリースが演じている。
誕生日の晩餐会など豪華な食卓が何度か登場、実際の宮殿をそのまま使った寝室や内部の装飾などはさすがほんものの存在感。ただ場面をいろどる音楽はクラシックに加えてロックのバラードを多数使用、クリス・クリストファーソンの「help me make it through the night」やザ・ローリング・ストーンズの「as tears go by」が効果的に使い、映画が現代の制作であることをひそかに強調しているようだった。
2026年が宝塚での「エリザベート」上演30周年。再演までにはまだ少し間がありそうなのでその前にぜひエリザベートの知られざる新しい真実を見て頂きたい。
ステージを題材にした映画をもう一本、ディズニーから試写の案内を受けたので紹介しよう。夏休みの子供たちを集めて演劇を特訓、新作を発表するワークショップを描いた「シアターキャンプ」(モリー・ゴードン監督、脚本、製作、主演)がそれ。
ドキュメンタリーを装った劇映画(モキュメンタリーというのだそう)で、最初はちょっと戸惑うが、子供たちのオーディション風景がやたらに楽しく、紆余曲折の元、徐々に出来上がっていく新作ミュージカルがなかなか感動的で最後まで見せる。子供たちにミュージカルを指導するエイモス役を「ディア・エバン・ハンセン」でトニー賞を受賞したベン・プラットが好演しているのもみどころだ。こちらは10月6日から全国公開される。
©宝塚歌劇支局プラス8月12日記 薮下哲司