凪七瑠海主演「バレンシアの熱い花」星組全国ツアー開幕
専科の凪七瑠海を主演に迎えた星組全国ツアー、ミュージカル・ロマン「バレンシアの熱い花」(柴田侑宏作、中村暁演出)とロマンチック・レビュー「PASSION D‘AMOUR AGAIN!」(岡田敬二作、演出)が26日、梅田芸術劇場メインホールから開幕した。王道のスパニッシュ・ミュージカルとロマンチック・レビュー、ややオールドファッションだが宝塚に初めて触れるには格好の二本立てで全国ツアーにふさわしい演目がそろった。
「バレンシアの熱い花」は、19世紀初頭のスペイン、バレンシアを舞台に領主に父を殺された青年が仲間とともに復讐を遂げようとする姿を様々な愛の形を絡めてドラマチックに描いたミュージカル。
「ベルサイユのばら」初演人気で沸き立っていた1976年、榛名由梨の月組トップ披露公演として初演。2、3番手男役の絶妙の配役と寺田瀧雄作曲の主題歌「瞳の中の宝石」が評判となり、当初宝塚だけの公演だったがファンの熱い要望で東京公演が決まる人気作となった。長らく幻の作品として語り伝えられていたが2007年、大和悠河の宙組トップ披露として31年ぶりに再演、その後全国をツアーで巡演、2016年、朝夏まなとトップ時代の宙組全国ツアー公演でも再演されている。今回、主演している凪七は07年の宙組公演に出演している。
軍務から2年ぶりに帰郷したフェルナンド(凪七)は、父を暗殺したのが領主のルカノール(朝水りょう)と知り、遊び人を装い復讐の機会を探るうち、酒場の歌い手ラモン(瀬央ゆりあ)やイサベラ(舞空瞳)と親しくなっていく。一方、ルカノールの甥ロドリーゴ(極美慎)も恋人シルヴィア(水乃ゆり)を叔父に強奪され、憎しみを募らせていた。フェルナンドとロドリーゴは協力してルカノールを倒すことを誓い、ラモンにも助けを求める、最初は渋っていたラモンだが妹ローラ(綾音美蘭)がルカノールの部下に殺されたことから仲間に加わる…。柴田氏はのちに「忠臣蔵」を宝塚で舞台化するが、この復讐譚はなんとなく「忠臣蔵」をスペインに置き換えたようなストーリー。初演の熱気には程遠く、ドラマシティで上演されている「ル・ルージュ・エ・ル・ノワール」を見た後では作りもかなり古めかしく感じられるが、宝塚でしか見られないスパニッシュのクラシックには違いない。
フェルナンドに扮した凪七は、歌、ダンス、芝居とさすがに安定感があり、フェンシングシーンの激しい殺陣も安心して見ていられた。昨年暮れの雪組公演「蒼穹の昴」に続いての舞台となるが、専科として脇に徹する公演でも、今回のようにセンターとして主演する公演でも、公演にあわせた形で存在感を発揮できる強みがあり、プロローグのスパニッシュから凛とした美しさが際立ち、男役としての芯の強さに加えて品格にも磨きがかかってきた。
娘役トップ舞空が演じるイサベラはフェルナンドの行きつけの酒場の歌手。フェルナンドにはマルガリータ(乙華菜乃)という婚約者、イサベラにもラモン(瀬央)という恋人がいながら、一目で恋に落ちる。歌、ダンス、芝居と三拍子そろったうえチャーミングな笑顔が印象的な舞空が凪七を相手に少女から大人に脱皮した感のある成熟した演技を見せてくれた。
フェルナンドの復讐を手伝う二人の仲間。ラモンを瀬央、ロドリーゴに極美。76年の初演はロドリーゴが2番手の瀬戸内美八、3番手の順みつきがラモンだったが、2007年再演時に蘭寿とむ、北翔海莉の2、3番手ダブルキャストになり、16年再演ではラモンを二番手男役だった真風涼帆が演じ、今回もそれにならった配役。
瀬央ふんするラモンは、酒場の歌手。舞空扮する同僚のイサベラに恋しているが、イサベラは客として訪れたフェルナンドに恋してしまうという、なんとも切ない役どころ。瀬央は野性的で逞しくやさぐれていながら、一途な心を持つラモンの心情を余すところなく伝えた好演。
ロドリーゴの極美は、その抜群のプロポーションで軍服がよく似合い、貴族の御曹司らしい雰囲気も湛えていて適役好演。歌唱が見違えるほどよくなったのも印象的だった。
ロドリーゴの元恋人でルカノールの妻シルヴィアの水乃、フェルナンドを一途に愛する婚約者マルガリータの乙華、二人の娘役サブキャラクターもよく描けていて感情移入する女性も多いだろう。二人ともタイプ的にもぴったりだった。水乃の情感のこもった演技、乙華の初々しい可愛さに注目。
07年再演で七海ひろきが演じたドンファンカルデロは天飛華音。フェルナンドたちの復讐を蔭から応援する若者という立場ですがすがしい演技を見せていた。
ルカノール侯爵の朝水りょうはじめベテラン勢の的確な演技に舞台の厚みを感じさせたがフェルナンドの母セレスティーナに扮した紫りらのしっとりとした演技が特に印象的だった。
参考のためにこれまでの主要な公演の配役を表にしてみた。
1976年月組 2007年宙組 2016年宙組 2023年星組
フェルナンド 榛名由梨 大和悠河 朝夏まなと 凪七瑠海
ロドリーゴ 瀬戸内美八 蘭寿とむ(W)澄輝さやと 極美慎
ラモン 順みつき 北翔海莉(W)真風涼帆 瀬央ゆりあ
イサベラ 小松美保 陽月華 伶美うらら 舞空瞳
シルヴィア 舞小雪 美羽あさひ 遥羽らら 水乃ゆり
マルガリータ 北原千琴 和音美桜 星風まどか 乙華菜乃
ルカノール 沖ゆき子 悠未ひろ 寿つかさ 朝水りょう
一方「PASSION D’AMOUR AGAIN!」は、2020年、専科の凪七を中心に雪組メンバーで上演された宝塚バウホール公演「パッションダムール愛の夢」を全国ツアーとして再構成したもの。岡田敬二氏のロマンチック・レビューの名場面の数々が凪七を中心に再現され「バレンシア」が寺田瀧雄氏の名曲集とすれば、こちらは𠮷崎憲治氏の名曲オンパレード。真紅の衣装によるラテンで華やかにオープニング、クラシカルな学生王子、黒の燕尾服とレビューの王道場面が連続、昭和、平成の宝塚を彩った名場面が次々に登場する。
「Amourそれは」から「愛・アモール」を瀬央、「ネオ・ダンディズム」からガウチョの踊り「アディオスバンパミーア」を凪七と水乃を中心に。「ル・ポワゾン」から「愛の誘惑」を妖しい歌手、極美と瀬央のアダム、舞空のイブでといった具合。天飛が踊る女Aに扮して極美と絡むシーンがみもの。続くオペレッタの場面は凪七を中心に瀬央と舞空でドラマチックに展開。ロケットを挟んで、フィナーレは「皇帝と魔女」の名曲「愛の歌」をボレロ風にアレンジして燕尾服の凪七と舞空がデュエットダンス、そのあと瀬央が「ALL BY MY SELF」を情感こめて歌ってパレードにつないだ。トップ不在の公演なのでこのへんがいつもとはちょっと変則的なところだが、なんともゆったりとした気分で見られるレビューだった。芝居、レビューとも瀬央、極美はほぼ同格だったがパレードでは瀬央が二番手羽を背負い晴れやかな表情で階段を下りた。
初日が大阪だったこともあってカーテンコールの挨拶は凪七が「おおきに!」と大阪弁で挨拶「人生の半分以上住んでいるので自分では関西人のつもり」といって笑わせながら「下級生時代に出させていただいた作品、柴田先生の声が聞こえてきそうで演じながら胸にグッときました」と初日の感想。鳴りやまぬ拍手に「全国のみなさんに愛を届けに行きます」と笑顔でしめくくった。
©宝塚歌劇支局プラス3月27日記 薮下哲司