柚香×星風 宝塚の王道ロマン完璧に再現、花組公演「うたかたの恋」開幕
柚香光を中心とした花組によるミュージカル・ロマン「うたかたの恋」(柴田侑宏作、小柳奈穂子潤色、演出)とタカラヅカ・スぺクタキュラー「ENCHANTMENT(アンシャントマン)~華麗なる香水~」(野口幸作作、演出)が、宝塚109周年の劈頭を飾って2023年元日から宝塚大劇場で開幕した。究極の宝塚王道ロマンと洗練された絢爛豪華なレビューのゴージャスな二本立てに初日から場内はため息の連続、久々に宝塚ならではの夢空間が現出した。
「うたかたの恋」は、フランスの作家クロード・アネ原作による「Mayerling」をもとに、19世紀のオーストリアに起こった皇太子ルドルフと男爵令嬢マリーの悲恋を柴田侑宏氏が舞台化した名作中の名作。1983年、雪組のゴールデンコンビといわれた麻実れいと遥くららによって初演されて以来40年、その後全国ツアーや中日劇場公演などで何度も再演されてきたが、大劇場には星組の麻路さき(東京公演は紫苑ゆう)、白城あやかコンビによる公演以来30年ぶりに甦った。
緞帳が上がると真っ赤な布が敷き詰められた大階段上に純白の軍服姿の柚香と夜会ドレス姿の星風が板付きで登場、主題歌を歌いながら激しくも美しいデュエットダンス、盛り上がったところで暗転、二回銃声が響いて、舞台が明るくなるとそこはウィーンのドイツ大使館、華やかな舞踏会のシーンへと展開、これから始まる物語への期待が大劇場公演ならではの絢爛豪華な幕開きで大きく膨らむ。久しく忘れかけていた究極の王道ロマン、これぞ宝塚歌劇の真髄だ。
小柳演出によるニュー大劇場バージョンは、オリジナルの柴田演出を最大限に尊重しながら時代に合わないセリフやシーンをカット、舞台転換のために生じるカーテン前の芝居を回り舞台の効果的な使用で極力短くするなど細部で微調整を加えながら、人間ルドルフの内面に迫り、より品格を重んじ重厚で深みのある作品に仕上がった。
「エリザべート」のヒットで、観客にルドルフに対する理解が深まっていることを前提に、父フランツ・ヨーゼフ、母エリザベートとの確執はもちろん自由主義への傾倒や苦悩、彼を利用して権力を握ろうとするハプスブルク家の策謀などマリーとの恋が成就せずに終わる必然性をより具体的に提示、ラストをドラマチックに盛り上げることに成功している。
なかでもルドルフとの交際に激怒したマリーの父がマリーとルドルフを一時引き離すくだりは今回初めて取り入れられ、クライマックスの舞踏会シーンがより緊迫のある重みのある場面になった。
柚香は、苦悩に満ちた皇太子ルドルフを、人間性たっぷりに品格を込めて演じ、これまで多くのトップスターが演じてきた伝統の大役を立派に受け継いだ。何より立ち姿の美しさ、動きのしなやかさが柚香の最大の魅力。何度もリフレインされる寺田瀧雄氏作曲の名主題歌も余裕で歌いこなした。
相手役のマリー役の星風も前回の「フィレンツェに燃える」では少々背伸びした感じだったが、打って変わった16歳から17歳に至る多感で純粋な娘役をピュアに演じ、星風本来の資質を十分に発揮した好演だった。クライマックスの息抜き場面だった山小屋での狼ごっこのシーンも割愛されたがもともと不要な場面なのでこれは正解だった。
舞踏会のシーンなど華やかな場面はあるものの、基本的に2人がメインの芝居なので水美舞斗扮する語り部役、ルドルフの親友ジャン・サルヴァドル以外ほとんど役がないのが難といえば難だったが、今回、永久輝せあ扮するルドルフの従弟であるフェルディナンド大公にも焦点を当て、ラストシーンを大きくふくらませてあるのが特徴。
水美がルドルフとは対照的な存在として描かれる自由な生き方を謳歌する青年貴族を闊達に演じ花組最後の公演に花を添える一方、永久輝もラストシーンの印象深いセリフで一気に存在感を際立たせた。
父フランツ・ヨーゼフは峰果とわ、母エリザベートの華雅りりかはいずれも堅実にまとめ、宮廷内の策謀家フリードリヒ公爵の羽立光来の相変わらずの巧さ、ルドルフの従僕ロシェックの航琉ひびきと御者ブラットフィッシュ役の聖乃あすかのコンビぶりも印象的、加えてルドルフとマリーを引き合わせるラリッシュ伯爵夫人に起用された朝葉ことのの達者な演技にも注目した。
フランツ・ヨーゼフの愛人でありブルク劇場のオペラ歌手であるシュラット夫人役の糸月雪羽の見事なアリアはじめタバーンの歌手ミッツィの詩希すみれ、さらにエピローグのカゲソロ、龍季澪と花海凛など歌の抜擢が印象的な公演でもあった。
王道ロマンに酔いしれた後のレビュー「ENCHANTMENT」も「魅惑」というタイトルにふさわしくミュージカル「魅惑の宵」のメロディーに乗って純白の羽根扇をもったエイト・シャルマンが、巨大な香水瓶のなかから豪華な衣装に身を包んだ調香師、柚香を誘い出すオープニングから野口氏らしい宝塚ならではのゴージャスさ。かつてニューヨークで全盛を誇ったジーグフェルド・フォーリーズの再現かと思わせる鏡と回り舞台を使った立体的な装置のなか花組全員が勢ぞろいするその壮観さはまさに「This Is TAKARAZUKA」!。
全体を3部構成にわけて展開していくのだが、どの場面も野口氏の洗練された色彩感覚が際立ち、白とブルーそして赤というレビュー本来のトリコロールカラーが巧みにミックスされ、音楽も耳なじみのあるブロードウェーミュージカルやオペラ、スタンダードジャズの名曲、柚香が歌う「虞美人」から「赤いけしの花」など宝塚の曲も含めて意外なアレンジで現代的に甦らせ、ひとときの間、まさに恍惚とした夢の世界に誘ってくれた。
フィナーレの群舞は柚香がトップハットとケインをもって黒の燕尾服で登場、この公演後に専科に異動となることが発表された水美と花組男役メンバーとのちょっとした別れのセレモニーも加えながらの燕尾服のダンスに続いて、柚香と星風が「TOPHAT」再現かと思わせる鮮やかなダンスデュエットへと展開、「うたかたの恋」の余韻をそのままさらに上乗せする鮮やかな着地による見事なレビューだった。
初日のあいさつで柚香は「宝塚大劇場の千秋楽である30日は偶然にもルドルフ皇太子の命日、それに恥じないように千秋楽までより一層高めていきたい」と身を引き締めていたのが印象的だった。
©宝塚歌劇支局プラス1月1日記 薮下哲司