©️宝塚歌劇団
暁千星、月組ラストステージを有終の美「ブエノスアイレスの風」大阪公演開幕
月組のダンシングスター、暁千星が主演する「ブエノスアイレスの風-光と影の狭間を吹き抜けてゆく―」(正塚晴彦作、演出)大阪公演が18日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで開幕した。この公演の千秋楽をもって星組への組替えが決まっている暁の月組最後の公演だが、紫吹淳、柚希礼音とこれまでダンスに秀でたスターが演じてきたニコラスを14年ぶりに暁が受け継ぎ「ブエノスアイレス伝説」を立派に継承した。
「ブエノスアイレス‐」は、星組から月組に組替え、真琴つばさトップ時代の二番手スターになったばかりの1998年、ダンスの得意な紫吹のために正塚氏が書き下ろした作品。難易度の高いタンゴシーンが話題となり、その後、安蘭けいの後任として星組トップ直前だった柚希礼音と夢咲ねねのコンビ第一作として2008年に再演され、ダンスの得意な若手スターの演目として伝説となった。ダンスに定評のある暁には格好の作品で、脇も充実、前二回以上にまとまりのある好舞台となった。
1900年代半ばのアルゼンチンの首都ブエノスアイレス。軍事政権が倒れて新しい体制になったことで、反政府ゲリラとして戦い投獄されていたニコラス(暁)が恩赦で釈放されるところから物語が始まる。
刑務所の鉄格子が開く金属音と手錠が解かれるガチャンという音とともに暁ニコラスが登場。宝塚の舞台とは思えぬ暗いオープニングだが、光と影を巧みに計算した照明(沢田祐二)がスタイリッシュで一気にドラマの世界に誘われる。
初演はこのあとニコラスが元恋人のエバに会いに行くシーンに続いたと記憶するが、今回はカットされ、場面変わってタンゴバー、ロレンソ(凛城きら)の店。歌手フローラ(晴音アキ)が歌う懐かしい主題歌「〽ビエント・デ・ブエノスアイレス…」に乗せて、店のダンサーと客たちのタンゴの群舞シーンへと展開、そこへ暁ニコラスが職を求めて店に入ってくる。オーナーのロレンソに踊れないなら採用できないといわれ、店の売れっ子ダンサー、イサベラ(天紫珠李)相手に見事なステップを披露、バーテン兼ダンサーとして採用される。
理想に燃えて戦った男が、体制が変わったことでその目的を失い、これからの生き方を模索するなか、かつての仲間リカルド(風間柚乃)と偶然再会、現在と過去のはざまで葛藤するうち、思いがけない展開で悲劇的結末を迎える。ニコラスをめぐる3人の女性との微妙な関係に、かつての仲間だったリカルドとの友情が複雑にからむシビアなドラマに、タンゴが大きなファクターとして舞台を彩る。ストーリーよりもタンゴシーンが見どころともいえる。
反政府ゲリラのリーダーだったという過去を持ち、7年間の刑務所暮らしから出所してきたというには暁のニコラスは眼光の鋭さややつれた感じはないが、人を惹きつける独特の雰囲気が体全体ににじみ出て、登場するだけでその場の空気が変わる。そんなニコラスを暁が好演。とりわけタンゴシーンのダンスの切れ味が抜群で、しなやかな手足の動きが息をのむほど美しい。何度かあるタンゴシーンのなかで一番の見せ場であるコンテストの稽古で踊る天紫とのデュエットは紫吹×西條三惠、柚希×夢咲に勝るとも劣らない見事なものだった。
イサベラ役の天紫もダンサーとしての資質を全開、暁とのタンゴデュエットを見事に決めた。ダンスに気を取られて気が付かなかったのだが、この舞台、歌のソロはフローラ役の晴音とニコラス役の暁にしかなく、天紫の歌声は聞けない。その分ダンスと芝居で本分を全うした。我儘な姉を持ち病気の母親を看病しながらタンゴダンサーの頂点を目指す、不幸な身の上を隠して自然にふるまうあたりが健気だった。
ニコラスのかつてのゲリラ仲間の唯一の生き残り、リカルドを演じた風間がさすがの演技力で作品の出来を大きく底上げした。初演の樹里咲穂の好演が印象に残っているが、風間のリカルドも素晴らしい出来栄え。後半、ニコラスのセリフで出自が明かされるが、妹のリリアナ(花妃舞音)への切ない思いを口には出さずに表現する巧みさに思わずこみあげるものがあった。
ニコラスをめぐる3人の女性の一人である花妃のリリアナ。「今夜、ロマンス劇場で」新人公演でのヒロイン役が記憶に新しいが、少女のころからニコラスに憧れ、7年ぶりに再会したニコラスに胸をときめかせる微妙な乙女心をストレートに表現、期待に応えた。
かつてのニコラスの恋人で今は刑事ビセンテ(礼華はる)と婚約しているエバを演じたのは研1の時「カンパニー」新人公演で美園さくらの役に抜擢されて注目された103期生の羽音(はおん)みか。ニコラスとの突然の再会に心揺れる女心を大人びた雰囲気の役作りで演じ、それが実に自然だった。
その婚約者ビセンテの礼華。初演が成瀬こうき(東京は汐美真帆)、再演は紅ゆずるが演じた役で元ゲリラのニコラスを私怨まじえてマークする刑事役。ひげを蓄えて外見から刑事の鋭さを表現、この作品唯一の敵役的な存在でもあり辛抱役を嫌味なく演じた。
矢代鴻、音花ゆりと続いた歌手フローラの晴音は歌で本領発揮。その息子でドラマに大きくかかわってくるチンピラのマルセーロは雪組から組替えになった彩海せら。初演が大和悠河(東京は霧矢大夢)再演が真風涼帆というそうそうたるスターが演じてきた役で、それなりの大役。月組配属後初めての舞台で暁とはこれ一回きりの共演、いきなり暁に足蹴りにされる気の毒な役だが出世役であることは確か。彩海はそんなはねっ返りのチンピラ役をしっかり自分のものにして好演した。
タンゴバーの店長ロレンソを演じた専科の凛城や武器商人役の蓮つかさらベテランも適材適所、若手では107期生のホープ、一輝翔琉(いちき・かける)のすっきりとした二枚目ぶりが脇で際立っていた。
フィナーレは風間×花妃、礼華×羽音、彩音×天紫の3組のタンゴデュエットがあって暁がソロで踊る。これがまた素晴らしかった。そして最後は全員に見守られて月組でのラストステージを締めくくった。
©宝塚歌劇支局プラス5月18日記 薮下哲司
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暁千星、月組ラストステージを有終の美「ブエノスアイレスの風」大阪公演開幕
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