©️宝塚歌劇団
新人公演プログラムより抜粋転載
縣千、堂に入った股旅姿!雪組「夢介千両みやげ」新人公演
彩風咲奈が好演している雪組の時代劇コメディー、大江戸スクランブル「夢介千両みやげ」(石田昌也脚本、演出)新人公演(生駒怜子担当)が12日、宝塚大劇場で行われ、101期の縣千が最後となる3度目の主演を務め、肩の力が抜けた余裕の演技を見せた。
山手樹一郎が終戦直後に発表した同名時代小説を舞台化した「夢介-」、小田原の豪農の息子が親からもらった1000両の大金をばらまいて江戸の市井の人々を幸せにするという浮世離れしたコメディーで、山手氏は、終戦後、連合軍の駐留兵士たちが、貧しかった日本の子供たちにチョコレートやミルクなどをばらまいていた風景を揶揄して考えたのではないかと思うようなストーリーだが、拝金主義の今、痛烈な風刺になっているのが皮肉だ。そんな理屈は抜きにして、さっそく新人公演の成果を紹介しよう。
縣は、すでにバウホール公演の主演経験もあり、本公演では「金の字」という主要キャストを演じていることもあって、他の新人公演メンバーとは舞台での居住まいに大きな差があり、作品の性質から言っても「縣千一座」が公演しているような錯覚を覚えるほど。本人が「お客様の反応をみながらお芝居ができた」というほどで、持ち前の人の良さと親からもらった金の力で人々を笑顔にしていく夢介を楽しんで演じている余裕が感じられた。冒頭の「おひかえなすって」から始まる仁義も口跡が滑らかで、照れのないところが潔く、客席をここで一気に「夢介の世界」に誘った。話が一段落した後におまけのようにある殺陣のシーンは、さすがに新人公演メンバーだけではやや心もとなかったがそんななかで縣の存在感がおおいに助けになっていた。
相手役のお銀に扮した華純沙那(かすみ・さな)は、入団したもののコロナ禍で休演が続き5か月遅れで初舞台を踏んだ106期生、研3のホープ娘役。昨年「シティハンター」新人公演で夢白あやが演じたアルマ王女に起用され、凛とした美貌で注目したのだが、今回はいきなりヒロイン、しかも海千山千の女スリ役。姉御肌のきっぷのよさから、内面の純真さまで幅広い表現力が必要な役どころを立派に務めあげたのは大健闘だった。清楚な美貌の持ち主なので次回は王道のプリンセス役に期待したい。
同じ研3で朝美絢が演じている遊び人の伊勢屋総太郎に抜擢された華世京も大役に臆することなく縣と対等に演じて期待に応えた。「なんせこの顔、この器量、この目力」の名台詞は朝美がいうと笑いが起きるが、さすがに華世には荷が重すぎた感。それでも背伸びすることなく自然体で演じ好感が持てた。
和希そらが演じているスリのリーダー格三太は102期の一禾(いちか)あお。お鶴(音彩唯)と亀吉(琴峰紗あら)という弟妹を従えてのガキ大将という雰囲気は巧み。虚勢を張っているなかにふと孤独感を出した和希をお手本にさらに深みを目指してほしい。
本公演で縣が演じている金の字は103期の聖海由侑(せいみ・ゆう)。斎藤道場の面々とつるんだ浪人風に見える謎の男、実は……。という重要な役どころを聖海が立ち姿の美しさで見事に決めた。前半の伏線の効かせ方に工夫すればラストがさらに生きるだろう。
夢介と総太郎をめぐる女性陣は、お松(野々花ひまり)が花束ゆめ。お糸(夢白あや)が愛陽みち。芸者の浜次(妃華ゆきの)が夢白、春駒太夫(愛すみれ)が有栖妃華、小唄の師匠、お滝(希良々うみ)が莉奈くるみとそれぞれ芸達者がそろった。なかでは浜次役の夢白が、これまでのさまざまな公演での経験値の強みもあって際立っていた。
一方、お滝の夫で悪七(綾凰華)は105期の紀城ゆりやが起用され、退団する綾のために書かれたおいしい役どころを好演した。作品の評価は別として、多くのメンバーに役がついてそれぞれが自分の持ち場をしっかりと務め上げ、縣を中心にひとつのまとまった舞台になっていたのは確かだった。縣のあいさつもずいぶんしっかりとしたもので、末頼もしい存在になりそうだ。
©宝塚歌劇支局プラス4月14日記 薮下哲司