スピルバーグ版「ウエストサイドストーリー」など必見のミュージカル最新作
☆ウエストサイドストーリー(2月11日公開)
宝塚歌劇でも何度も上演されているミュージカルの金字塔「ウエストサイドストーリー」が、スティーブン・スピルバーグ監督の手によって60年ぶりにリメイクされ、12月10日全米で公開され、23日、日本でも東西で完成披露試写会が開催された。くしくもこの日は60年前に前作が公開された日。中学生だった私も姉と初日の第一回目に、いまはホテルになっているなんば大劇場に駆け付け、興奮でその夜寝られなかったのが昨日のように懐かしく思い出される。
ミュージカル好きにとってのバイブルのような作品で、それをリメイクするというのはよほど自信があってのことだろうと推測されるが、舞台に初演があってその後リニューアルした再演があるように、この映画も前作を踏まえながらオリジナルの舞台にもリスペクトした出来のいい再映画化だった。音楽やストーリー展開は同じでも出演者や作り手が違うと印象も変わるのは舞台の再演と同じで、全く別の作品というイメージ。
前作との決定的な違いはミュージカルとしての様式的なスタイルを排した徹底的なリアリズム演出、それと前作がオリジナルの舞台と曲順を入れかえていたのを舞台の通りの曲順に戻したこと、そしてそれぞれのナンバーを歌う場所が「トゥナイト」以外は舞台版とも違っていて、中でも一番の変更点は「アメリカ」が、「体育館のダンス」から帰って来たアニータたちの自宅の屋上で歌われたのが、翌日の昼間のストリートになったこと。またトニーとマリアが結婚式ごっこをするシーンもアニータのブティックではなく古い教会に変わっていたことだ。ほかにもいろいろありそれぞれ変更の意図はあるのだろうが、見慣れている景色がいつのまにか変わったようななんともいえない寂しい感覚。
一方、主人公のトニーを刑務所帰りの保護観察中という設定にしたところが新しい解釈で、これでひ弱なイメージだったトニーが喧嘩に強いことの納得性が出た。また「Cool」の位置を決闘の前にしてトニーとリフのナンバーにしたことで、トニーの存在感に膨らみで出て群集劇に近かった前作に比べて本来のトニーとマリアの2人のドラマに集約された。トニーに扮したアンセル・エルゴートが歌えて踊れるという強みが発揮されたのだと思う。まさか吹き替えにスタントマンかCGでなければいいのだが(笑)「Cool」は従来とは違ったアクロバティックなダンスで目新しくはあったが、従来の振付の方が数段クールでこれは改悪の部類。
とはいえ1957年を背景にしていても移民や差別の問題は、現在と何ら変わらないところがこの物語の色褪せないところ。オープニングの抗争のあと警官がシャーク団を追い払う場面でシャークの面々が去り際に歌う歌が変わっていたのだけが今を感じさせた。
トニー役のアンセルに加えてマリア役のレイチェル・ゼグラーのくせのない伸びやかな歌声が耳に心地よく、ドクの未亡人という設定で登場するリタ・モレノ(前作のアニータ役で映画のプロデューサーに名を連ねている)が歌う「Somewhere」のしゃがれた歌声が耳にしみた。
☆ディア・エヴァン・ハンセン(上映中)
2016年のトニー賞を受賞、コロナ禍になる前までブロードウェーでロングランヒットしていた最新ミュージカルの映画版。
シングルマザーの母親と二人暮らしの自閉症気味の主人公エヴァン・ハンセンは、セラピストからの宿題で「自分あての手紙」を書くことを日課としていた。「ディア・エヴァン・ハンセン」からはじまる手紙を、からかい半分に持ち去った同級生コナーが自殺したことから彼の運命は大きく転換。コナーの両親が、コナーがエヴァンに残した遺書だと勘違い、エヴァンはコナーの追悼式で友人代表とし弔辞を読む羽目に。その様子がSNSで拡散され、エヴァンは一躍、学校中の人気者になる……。
「思いやりのウソ」がとんでもない事態を巻き起こし、このことによってエヴァンが少年から青年として成長していく様子を感動的に描いたミュージカル。「ラ・ラ・ランド」「グレーテスト・ショーマン」ですっかりヒットメーカーとなったベンジ・パセックとジャスティン・ポールが作詞、作曲。無菌症の少年の感動作「ワンダー君は太陽」などのスティーブン・チョボスキーが監督。主演のエヴァンにはブロードウェーで主演、トニー賞を受賞したベン・プラットがそのまま務めた。
ミュージカルにSNSを巧みに持ち込んだ現代性と耳に心地よいパセック&ポールの音楽/がさわやかな印象を残すが、ベン・プラットの歌と演技の素晴らしさが一番の功績。母親役のジュリアン・ムーアが彼を諭すように歌うソロも感動的だった。舞台ミュージカルの映画化の成功した一例として記憶に残したい。
☆ラストナイト・イン・ソーホー(上映中)
この映画、厳密にいうとミュージカルではなくサイコホラーなのだが、ミュージカル的センスにあふれた近来まれに見る傑作といっていいと思う。
監督は「ウエストサイドストーリー」のトニー役に抜擢されたアンセル・エルゴートが主演、好演して一躍注目された「ベイビードライバー」の鬼才エドガー・ライト。
ロンドンのソーホー地区の異なる時代に存在するエロイーズとサンディという二人の女性が主人公。彼女たちはある恐ろしい出来事によって、それぞれが抱く夢と恐怖がシンクロしていく。そして同じ場所で異なる時代に生きる二人が出会った時、何かが起こる…。とまあそんなお話。
異なる時代というのが60年代。映画はいきなりポール・マッカートニーがピーターとゴードンのために提供した「愛なき世界」にあわせて部屋を踊る現代の主人公エロイーズの場面から始まり、エロイーズが憧れる60年代のブリティッシュポップスが次から次へと流れる仕掛け。ダスティ・スプリングフィールドやぺトウラ・クラークなどその辺に詳しくなくとも耳なじみの曲が登場、エロイーズが60年代にタイムスリップした映画館では「007サンダーボール作戦」が上映中。そして極めつけはストーリー全体がロマン・ポランスキー監督、カトリーヌ・ドヌーブ主演の「反撥」とニコラス・ローグ監督、ジュリー・クリスティ主演の「赤い影」からインスパイアされていること。
1974年生まれのエドガー・ライト監督の60年代ポップカルチャーへのあこがれとこだわりが全体をくるんだカルト映画だが、そんなことを知らなくてもエロイーズ役のトーマシン・マッケンジー、サンディ役のアニャ・テイラー=ジョイという二人の旬の女優二人の競演ぶりを見ているだけで十分魅力的だし、映画通なら「コレクター」のテレンス・スタンプ、「蜜の味」や「ナック」のリタ・トウシンハム、そして「女王陛下の007」のボンドガールで先ごろ亡くなったばかりのダイアナ・リグがエロイーズの部屋の家主役で姿を見せるのもお楽しみ。
©宝塚歌劇支局プラス12月24日 薮下哲司
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