©️宝塚歌劇団(新人公演プログラムより抜粋)
礼華はる、堂々の初主演 月組「桜嵐記」から1年4か月ぶり新人公演再開
月組トップコンビ、珠城りょう、美園さくらのサヨナラ公演となったロマン・トラジック「桜嵐記」(上田久美子作、演出)新人公演(熊倉飛鳥担当)が、ホープ男役、礼華はる主演によって6月8日、宝塚大劇場で行われた。コロナ禍で新人公演が中止され、昨年2月の星組公演「眩耀の谷」以来1年4か月ぶりの再開とあって、出演者全員のエネルギーが爆発したかのような熱気あふれる充実した公演となった。
「桜嵐記」は、南北朝時代、足利尊氏率いる圧倒的な軍勢の北朝側に対して最後まで後醍醐天皇率いる南朝に仕えた楠木正成の遺志を継いだ長男、正行の悲劇の半生を描いた歴史ロマン。宝塚きっての物語の紡ぎ手、上田氏の最新作にして最高作といっても差し支えない力作だ。改めて新人公演を見ても一分の隙もない構成の確かさは見事なもので、前半の細かい部分がすべて後半の伏線として効果的に盛り上がり、何ひとつ無駄がないことがよくわかる。
主役の正行を演じた礼華は2015年初舞台の101期性。入団7年目の月組のホープ。一昨年の「アイアムフロムオーストリア」では月城かなとが演じた役に起用されていて、前回の「ピガール狂騒曲」新人公演が実現していれば主役を演じるはずだった。満を持しての初主演だったが、長身を生かした堂々たる若武者ぶりで、持てる力を存分に発揮した。本役の珠城の存在感があまりにも素晴らしいので、演技のため方などではまだまだ若さが見えてしまうのは仕方がないところ。しかしそこはこれからの経験値、今後の舞台経験でいくらでも縮めていけるだろう。歌唱力も安定感があり、華やかな個性を生かして今後の活躍に期待したい。
相手役の弁内侍(本役・美園)に扮したきよら羽龍は、6年目で初ヒロイン。2018年のバウホール公演「アンナ・カレーニナ」のキティ役での鮮烈なデビューがいまだに脳裏にこびりついているが、最近では「ダル・レークの恋」のヒロイン、カマラの妹リタ役の芝居心のある演技も印象的だった。新人公演のヒロインは今回が初めてとなったが、南朝の公家の出ながら、凄まじい過去を背負い、復讐に燃える芯の通った女性像を宮ことばを交え品格をにじませて好演。歌唱にも情感がこもっていた。
楠木三兄弟の正儀(月城かなと)は彩音星凪。正時(鳳月杏)は一星慧。彩音扮する正儀はこの舞台の明の部分をリードする重要な役どころ。正当な二枚目が似合う彩音にはかなり冒険的な役どころだったが河内弁を流暢に操りながらやんちゃな雰囲気を巧みにかもしだした。一方、正時に扮した一星も、純朴な性格の正時をストレートに演じて好印象。セリフの声質が元宙組トップの大和悠河に似た長身の甘い二枚目で、今後の活躍に注目したい。
南朝側の後醍醐天皇(一樹千尋)は真弘蓮。後村上天皇(暁千星)は彩路ゆりかという配役。真弘の豪快な存在感、彩路の品格溢れる雅なふるまい、いずれも適役好演。北朝側の足利尊氏(風間柚乃)は瑠皇りあ、高師直(紫門ゆりあ)は蘭尚樹。いずれも達者な演技で場をさらったが、師直の弟、師泰(蓮つかさ)を演じた槙照斗の何気ないしぐさと立ち姿に芝居心があふれ目を引いた。
新人公演がなかったことからこの公演と宙組、雪組の公演までは研8まで出演ができることとなり風間柚乃が光月るう扮する老境の正儀を演じ、冒頭とラストなど、ここという時に語り部として登場、その卓越した演技力で舞台全体を引き締めた。老境の弁内侍(夏月都)を天紫珠李が演じ、この二人が登場すると舞台の空気が変わったのはさすがだった。
楠木正成(輝月ゆうま)の大楠てら、正時の妻、百合(海乃美月)の羽音みか、ジンベエ(千海華蘭)の柊木絢斗、南朝の公家、四条隆質(白雪さち花)の妃純凛なども役どころをきっちりとこなしていて、脇に至るまでスキのない見事な新人公演だった。
公演後のカーテンコールでは礼華が「限りある新人公演の時間のなかで、自分にしっかり向き合い、上級生から目に見えない志や思いも学び、正行が父、正成から遺志を受け継いだように、私たちも受け継いでいきたい」と作品と重ねて自分たちの思いをよどみなく挨拶、その堂々たる態度も立派だった。
©宝塚歌劇支局プラス6月9日記 薮下哲司