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珠城りょう、美園さくらサヨナラ公演、史上に残る名作誕生「桜嵐記」開幕
緊急事態宣言が延長されたものの兵庫県が5000人以下の劇場の開催を認めたため、月組トップコンビ珠城りょうと美園さくらのサヨナラ公演、ロマン・トラジック「桜嵐記」(上田久美子作、演出)とスーパー・ファンタジー「Dream Chaser」(中村暁昨、演出)は15日、宝塚大劇場で通常通り満員の観客を集めて開幕した。南北朝時代の悲劇の武将、楠木正行(まさつら)の半生を描いた歴史ロマンだが、上田氏の見事な作劇で、作品としてもトップスターの退団公演としても非常にクオリティーの高い出来栄えで、後半は劇場内がすすり泣きの声で充満した。亡き柴田侑宏さんの墓前に「立派な後継者ができました」と報告してあげたいと思うほどだった。宝塚にまた一つ新たな日本物の名作が誕生したといっていいだろう。
「桜嵐記」は、まず、光月るう扮する老境の男が下手から登場、客席に向かって「南北朝って知っていますか」と問いかけるところから始まる。男は、鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇(一樹千尋)率いる公家の天下に反旗を翻した武家の足利尊氏(風間柚乃)が光明天皇(天紫珠李)を擁立して京都に政権を立てたことから二人の天皇がいる世の中になった理由をわかりやすく説明。足利側の北朝と吉野に逃れた南朝が争う中、最後まで南朝に殉じた楠木正成(輝月ゆうま)とその息子正行(珠城)の悲劇の物語が語り始められる。この導入部分に主要な登場人物が時代衣装で登場、簡潔でいて豪華絢爛、観客を南北朝の世界に一気に誘い込む。
南朝が滅びることは歴史上の事実で、結末を変えることはできないので、いかにして滅びの美学を物語に刻み込むかということが作者の手腕に問われるところなのだが、そこは、宝塚随一のドラマの紡ぎ手である上田氏のこと、さすがの鮮やかなストーリー展開で、悲劇でありながら未来に希望を託した見事な作品に仕上がった。
開幕したばかりなのでネタバレは避けたいが、歴史上に名高い四条畷の戦いを再現しながら、そこで終わらず40年後に飛んでそこから回想に持ち込んだラストシーンは息をのむ素晴らしさ。客席の滂沱の涙は戦場の場面でいったんは尽きるかと思ったのだが、ラストで再び揺り戻し、しかも見終わった後、決して暗くならず明るく爽快な後味を残した。劇場から出てきたファンのどの顔も泣きはらしながらもすがすがしい表情だったのが皆同じ気持ちだったことの何よりの証明だろう。
正行に扮した珠城は、大きな幹のような芯のある大木のように演じたいという本人の言葉通りの堂々たる武者ぶり。サヨナラ公演で有終の美を飾った。峠の夜道、正行は北朝の手先に誘拐されそうになった弁内侍(べんのないし)という公家の娘(美園)を助け、ほのかな愛情を感じあうようになるが身分の違いと明日のわが身も知れない武将であることを理由に身を引く決意する。父譲りの確固とした信念を持ち続け、戦いに殉じた男の、不器用なまでの真摯な生きざまが、珠城によく似合った。「月雲の皇子」「All FOR ONE」とともに珠城の代表作となるだろう。
美園が扮した弁内侍は、かなり現代的につくりこまれた女性像ではあるが、内面までしっかりと描きこまれていて娘役ヒロインとしては難役ではあるが非常においしい役。美園は持ち前の美声を響かせながらこれを巧みに演じた。公家の和装もことのほかよく似合っていた。
ほかに楠木家は正行の弟の次男、正時に鳳月杏、三男、正儀(まさのり)が月城かなと。正時の妻、百合に海乃美月という配役。鳳月演じる正時は、妻の父が北朝に寝返りしたことから一時は心乱れるが、そのあたりの内面の苦悩を巧みに表現、月城は直情的な性格の正儀を、河内弁を交えておおらかに演じ、いずれも好演だった。回想で登場する父親、正成に扮した輝月も3人の息子たちの生き方に絶大な影響を与える父親像を的確に表現した。
一方、正行が仕える南朝の後村上天皇は暁千星。敵対する北朝の将軍、足利尊氏が風間柚乃、その家臣、高師直(こうのもろなお)は紫門ゆりあ。暁のゆったりした公家らしい言葉遣いに品格があり、尊氏の風間は何物をも恐れぬ野心満々の堂々たる将軍ぶりをさすがの芝居力で見せた。紫門は卑しい心根の狡猾な家臣という役回りを端正な素顔からは想像もつかないメークで演じて強烈な印象を与えた。
あと回想で登場する後醍醐天皇役の一樹の圧倒的な迫力、正行から弁内侍の護衛を任され、後に大きな力を発揮するジンベエに扮した千海華蘭の達者な演技もこの舞台に大きな支えとなっていたことを特筆したい。
冒頭に南北朝を解説する男で登場した光月はラストで何者であるかわかるが、これは見てのお楽しみにとっておこう。
「Dream Chaser」は、タイトル通り、夢を追う人をテーマに、珠城や美園がさまざまな夢を追うというコンセプトのショー。幕が開くと大階段の中央に上弦の月、その真ん中にゴールドの衣装に身を包んだ珠城が登場。主題歌を歌い始めると両サイドからは同じ衣装の男役たちが一斉に降りてくる、この公演から久々に組子全員が出演しているのでプロローグの群舞シーンからゴージャスそのもの。ラインダンスの人数も下手から上手までびっしり。そんないつもの宝塚が戻ってきた実感が味わえただけでも十分満足なショーで、珠城、美園のほか月城、鳳月、暁、風間そして海乃と月組の主要メンバーがそれぞれの活躍の場をもらって歌い踊るうちに終盤の珠城を中心とした燕尾服の男役ダンスとなり。バーブラ・ストライサンド主演の映画「追憶」のテーマに乗った軽やかなデュエットダンス、そしてサヨナラらしい珠城と男役たちの別れの場面が演出され、見惚れている間にあっというまにフィナーレになる。ここといって印象に残る場面はないが心地よい風のようなショーだった。エトワールを退団する美園が担当したのがちょっと異例だったが、重厚な悲劇のあとのソーダ水のようなショーは、取り合わせとしてはうまくはまったようだ。
★瀬戸かずやスペシャルライブ開催
一方、大劇場初日のこの日、お隣の宝塚ホテルでは花組の人気スター、瀬戸かずやのスペシャルライブ「Gracias‼(グラシアス)」が3日目の千秋楽を迎えた。7月で退団する瀬戸のためのディナーショーとして企画され、緊急事態宣言延長で開催が危ぶまれたものの、大劇場同様感染対策を徹底、ディナー抜きのスペシャルライブとして実現、この日も約250人のファンを前に、瀬戸が宝塚生活の集大成ステージを見せた。
「花男」継承を自負する瀬戸だけに共演者も全員男役。同期で同時退団する冴月瑠那そして和海しょう、優波慧、飛龍つかさの気心の知れた4人。瀬戸はのっけから燕尾服で登場。「TAKARAZUKA舞夢」から「I Gotcha」ドラマシティ公演「風の治郎吉」から「風を切れ、闇を切れ、悪を切れ」宝塚にはまったきっかけになったという真琴つばさ主演の「ル・ボレロ・ルージュ」から「情熱の翼」をつづけさまに披露。
ここで冴月らメンバーを紹介。このあとは瀬戸がこれまでの数々の出演作を歌い継ぐ中で、今回出演したメンバーとかかわりのあった作品は一緒に歌い継いでいくという趣向。全員が関わった花組のテーマソング「EXCITER」などは全員で歌い「オーシャンズ11」の「ジャンプ‼」や「ME AND MY GIRL」の「愛が世界をまわらせる」など懐かしい曲が次々に登場した。「New Wave!」からは「朝日が当たる家」のデュエットも。「マスカレードホテル」では野間刑事役だった飛龍との名コンビの再現もあって、無観客で千秋楽を迎えた瀬戸やファンにとっては何物にも代えがたい幸せな空間になった。ラストのあいさつでは一人一人が感無量、涙で声を詰まらせる場面もあって瀬戸が何度も「ありがとうございました。幸せです」と頭を下げて幕となった。
©宝塚歌劇支局プラス5月16日記 薮下哲司