龍真咲×愛希れいか主演 月組公演「舞音」開幕、二番手に珠城りょうが昇格!
龍真咲を中心にした月組によるミュージカル「舞音」―MANON―(植田景子脚本、演出)とグランド・カーニバル「GOLDEN JAZZ」(稲葉大地作、演出)が13日、宝塚大劇場で開幕した。明日海りおが花組に組替えになって以来長らく明確な二番手が不在の月組だったが、今公演から珠城りょうが龍に次ぐ二番手に昇格、ショーのフィナーレには大きな二番手羽を背負って登場した。今回はこの公演の模様を報告しよう。
「舞音」はサブタイトルにもあるようにフランスの作家、アベ・プレヴォ原作の「マノン・レスコー」をもとに、舞台を1929年ごろのフランス領インドシナ時代のベトナムに移し替えた意欲作。貴族の青年が、奔放な女性マノンに恋して、人生の歯車を狂わせてしまうという原作は映画、オペラ、バレエなどの題材になり、宝塚でも戦後すぐの1947年、淡島千景と南悠子の月組で初演、続いて瑠璃豊美、越路吹雪の花組で続演、さらに2001年には花組時代の瀬奈じゅん、彩乃かなみ、蘭寿とむらの出演でバウホール公演として取り上げられている。原作は18世紀初頭、革命前のフランスと新大陸アメリカが舞台で、宝塚初演はそれを踏襲したが、2001年版は舞台をスペインに移し替え、スパニッシュをふんだんに盛り込んだ情熱的な舞台を繰り広げた。今回の舞台のベトナムは東洋と西洋の文化が入り混じった雰囲気が宝塚にぴったりで、それだけでかなりの得点をあげた。フランス統治時代のベトナムを背景にした映画といえばカトリーヌ・ドヌーブ、ヴァンサン・カッセル主演の大作「インドシナ」が思い浮かぶが、この舞台は多分にこれにインスパイアされた感じが濃厚だ。いずれにしても貴族出身のフランス士官とベトナム人女性の恋物語というのはそれだけでドラマチックだ。
前置きはさておき、冒頭はサイゴンの港。船員たちが行きかう仲、下手から純白の軍服に軍帽をかぶった青年がせり上がってくる。誰しも龍真咲だと思ったら、それは美弥るりか。サイゴンの街の喧騒のなか、美弥が銀橋に躍り出たところで、舞台中央奥の船首にたたずむ黒い影にスポットが当たり、美弥と同じ格好をした龍真咲扮するシャルルが登場する。ずいぶんひねった出だしだ。美弥はもう一人のシャルルという設定。その後も常に、美弥は龍シャルルより前に登場して、シャルルを物語に誘っていく存在となる。「風共」のスカーレットⅠとⅡのようでもあり「ロミジュリ」の愛と死のようでもある。
ドラマ自体は、原作をなぞっている。カロリーヌ(早乙女わかば)という婚約者がいながらシャルル(龍)は、サイゴンに赴任した夜、ダンスホールの踊り子でフランス人とベトナム人の混血のマノン(愛希れいか)に一目ぼれ、その日のうちに駆け落ちする。一夜を過ごす官能的なシーンが美しい。しかし、すぐにマノンのヒモ的存在の兄クオン(珠城りょう)に見つかり、引き離されてしまう。マノンが高級娼婦だったことが分かり、シャルルはいったんあきらめようとするのだが、サイゴンで偶然再会して、愛が再燃。あとはずるずるという展開。後半は、インドシナ独立運動が2人を巻き込み、悲劇的な結末に突っ走っていく。
話自体はドラマチックなのだが、初日の舞台を見た限りでは心のシャルルと実際のシャルルが有機的につながっておらず、ドラマとしての流れがぎくしゃくしてずいぶんまとまりのない出来栄え。マノンにおぼれていくシャルルの気持ちはわかるのだが、マノンがシャルルに対してどう思っているのか、束縛から逃れようとするマノンの心の変化がいまいちよくわからないままどんどん話が進むのも、後半への盛り上がりに欠ける原因か。マノンにこそもう一人の心が必要だったかも。スパイ容疑で逮捕されたマノンを救出、霧のハロン湾に2人で船出するクライマックスシーンは涙を誘う名シーンになっただけに、基本的な部分をきっちりとしておいてほしかった。
龍は、一人の女性への愛を貫くためには地位も捨てるという、これまでにはなかった熱い役どころ。しかし、どんなに落ちぶれても、かっこよさで魅せるいつもの龍らしさがあふれていて、崩れていく男の雰囲気は微塵もない。龍らしいと言えば、これほど龍らしい役作りもなく、それはそれで面白いが、ふとしたところで寂しさや陰のようなものが見え隠れするとさらに深みがでるだろう。
一方、マノンの愛希は、この役が決して適役とは思えなかったのだが、登場シーンのダンスシーンから何とも魅力的。愛希なりの解釈でマノンを演じ切った。いったん別れてからシャルルと再会、罵倒されたことがきっかけで愛が再燃するあたり、脚本がやや弱いのでわかりにくいが、誰からも愛される女性という雰囲気はよく出ていたと思う。
マノンの兄クオンの珠城は、妹を食い物にする打算的な青年で、かなりきわどい役だが、珠城が演じると、ずいぶん好青年に見えた。そういう風に描かれているとはいえ、もっと悪のほうが魅力的だ。
親友クリストフ役の凪七瑠海は、この作品オリジナルの役どころで、シャルルの合わせ鏡的な存在。ストーリー的にはなくてもいい役だが、凪七が地に足の着いたしっかりとした存在感で見せた。
シャルルの心の美弥は、最初から最後までずっと龍を見守るというおいしい役。衣装も常に龍と同じだが、終始無言でダンスが中心。台詞はラストの一言だけ。ずいぶんユニークな役だが、美弥は好演している。ただ、初日を見た限りでは役自体がドラマ的効果をあげているかといわれればやや疑問。シャルルの愛欲の象徴という形にすればもっと分かりやすかったと思うのだが、宝塚ではまさかそこまでは描けないのか、なんとなく中途半端で靴の下から足を掻くような存在だった。ラストの案山子のような船頭が突然立ち上がってこちらを向くシーンはちょっとびっくり。背後霊のようでおもわず笑いが。しかし、そこで初めて発する台詞がすべてを物語った。
専科からの出演となった星条海斗は、反政府運動を取り締まる警官ギヨーム役。やや一本調子の台詞が興をそいだ。一工夫ほしい。反政府運動グループはマダム・チャンの憧花ゆりのを筆頭にソンの宇月颯、カオの朝美絢、ホマの海乃美月、トゥアンの暁千星らのメンバー。後半に彼らの見せ場も用意してあり、なかでも海乃が印象的な役どころだった。
スタッフに外部からの招へいが多いのもこの作品の特徴。作曲のジョイ・ソン、装置の松井るみ、衣装の前田文子、振り付けの大石裕香といった顔ぶれ。エキゾチックな音楽とアオザイをメーンにした衣装は効果的だったが、白布と竹を基調とした装置は、イメージ的には面白いがなんだかスカスカで安っぽくて宝塚には似合わない。冒頭の酷暑のサイゴンという熱気もあまり感じられなかった。ただラストのハロン湾と蓮の花のイメージを幻想的にまとめたのはよかった。巨岩の絶景を布で表現したのはアイデアだった。ただ、植田氏は松井氏とコンビを組んでから、松井色が濃厚で植田氏独特の美学が薄れたように思う。ここは蓮の花を舞台いっぱいに咲かせるぐらいのゴージャスさがあってもよかったと思う。一方、振付は全場面を通して大石氏が担当。水の精のダンスが大石氏らしかったがそれ以外は特に新鮮味はなかった。全体として意欲作ではあるが、まだきちんと熟成していない感じが濃厚だった。
さて、「GOLDEN JAZZ」は、星組「パッショネイト宝塚!」花組「宝塚幻想曲」と目下絶好調の稲葉氏によるジャズをテーマにした電飾キラキラのショー。
上手に千海華蘭、朝美絢、暁千星の三人が登場、バケツをドラムに見立ててたたき出すとのっけから手拍子が起こり、なかなか快調なオープニング。曲はショーのテーマソングの「聖者の行進」となって賑やかなカーニバルに発展していく。舞台中央からキングマルディグラに扮した龍が登場して主題歌を歌う頃にはもうすっかりカーニバルは最高潮。タンバリンを打ち鳴らし、客席を巻き込んでのダンスなど参加型の楽しいショーだ。最初から客席おりもあって賑やかそのもの。
華やかなカーニバルが一段落するとチェロ弾きの青年、珠城の場面へ。シックな龍と美弥のミラージュの場面や、底抜けに明るいウエスタンルックの凪七の場面が続き、あっという間に「シングシングシング」をフィーチャーした中詰と「君住む街」をバックにしたラインダンスになる。全員すみれ色の羽を背負ったラインダンスがいつになくゴージャス。
続く「rhythm」が今回の最大のみどころ。昨年の星組公演のショーで「カポネイラ」の場面が大好評だった森陽子振付の新たな場面。今回は愛希をメーンにしたアフリカンテイストのダンスで、ビートの効いた千海のソロの歌から始まって、珠城、宇月、暁、憧花らオーディションで選抜されたダンサーたちが、木片を打ち鳴らしながら原始的なリズムで踊りながら、次第に激しいジャズダンスに発展していく。かつての名作「シャンゴ」の名場面をほうふつさせるようなホットな場面となった。男役陣にまじってメーンで踊る愛希の切れのいい大きなダンスが素晴らしかった。今年一番のダンスナンバーといっていい。この場面を見るためにだけでも公演をもう一度みても損はない。
続く龍を中心としたゴスペルナンバーもショーの締めくくりにふさわしいビッグナンバーだった。続くフィナーレは星条がエトワール。美弥、凪七に続いて珠城が二番手羽を背負ってパレードした。すでに来年5月の全国ツアー主演も発表されており、今後は珠城を龍に次ぐ月組の二番手スターとして押し出していく方針が明確となった。実力派の男役スターとして早くから脚光を浴びてきただけに、今後のさらなる活躍を期待しよう。一方、上級生の凪七と美弥の今後の処遇にも注目したい。
©宝塚歌劇支局プラス11月14日記 薮下哲司