柚希礼音、新たなチャレンジ、ミュージカル「ボディガード」開幕
新型コロナウィルス感染予防のため、宝塚歌劇の休演が3月31日まで延長される事態の中、元星組のトップスター、柚希礼音が、新たな領域に果敢に挑戦したミュージカル「ボディガード」(ジョシュア・ベルガッセ振付、演出)が、24日から梅田芸術劇場メインホールで開幕した。当初19日から開幕のはずだったが一週間遅らせての上演で、劇場スタッフは全員マスク姿で、玄関ロビーで入場者ひとりひとりを検温、そして消毒、チケットのもぎりも観客自身が行うという万全の態勢での上演。ヒロインのレイチェル・マロン役は柚希礼音と新妻聖子のダブルキャスト。ダンスの柚希、歌の新妻と個性の異なった二人が同じ役に挑戦、演出も変えての話題の公演。柚希がレイチェル役を演じるバージョンは25日からスタート。26日の柚希バージョンを観劇した。
「ボディガード」は、1992年、ケビン・コスナーとホイットニー・ヒューストンが主演、世界的に大ヒットしたワーナーブラザース製作の同名映画のミュージカル化。謎のストーカーに狙われているスーパースター、レイチェルと彼女を護衛するために雇われたプロのボディガード、フランク・ファーマーの極限の状況下でのスリリングなラブストーリーで、主題歌「オールウェーズ・ラブ・ユー」もミリオンセラーになった。
ローレンス・カスダンの原作脚本をアレクサンダー・ディネラリスが脚色した舞台は、2012年にロンドンで初演、昨年はツアーバージョンが来日公演を行っている。舞台は映画とほぼ同じ展開だが、レイチェルが出演するショーのステージが華やかにショーアップされているのがみどころ。ストーリー的にはレイチェルの姉で、歌手としての人生を断念、妹の身の回りの世話をするニッキーの設定を膨らませてあり、レイチェルとニッキー、そしてフランクの三角関係がドラマの大きな要になっている。ただミュージカルといっても歌うのはレイチェルとニッキーだけで、それも劇中のショーなどで歌うだけなので、歌入りの芝居という方が正しい。
レイチェルに扮した二人、新妻と柚希は、歌の新妻、ダンスの柚希と、まったく個性が異なり、かなり色合いの異なる舞台になるのは見る前から明白。ただ基本的に歌うスーパースターのお話なので、歌の比重が大きいことは確実で、そうなると柚希は分が悪い。オープニングの柚希は、長い脚を惜しげもなく出してのダイナミックなダンスは素晴らしいが、問題は歌唱だ。もともとハスキーな力強い歌声が柚希の持ち味だが、か細い裏声で可愛く歌う柚希には最初から違和感があった。声が起きていないというのか本来の柚希の歌声ではなく、キーを変えるとか、歌い方を変えるとかの工夫が必要なのではと思った。柚希にホイットニーの曲を歌わせるという企画そのものにそもそも大きな疑問を感じていたのだがその予感が残念ながら的中した。
二幕のダンスシーンの迫力などさすが柚希で目を楽しませるほか、華やかなスーパースターのカリスマ的雰囲気をまき散らし、当初はボディガードのフランクに反発していたものの真摯な態度に少しずつ信頼を感じていく過程の描写力にすぐれていて演技的には申し分がなかったのが救いだった。
一方、相手役のフランクに扮した大谷亮平は舞台初出演。寡黙でストイックなフランクを存在感たっぷりに好演。居住まいだけで危険な目に何度も遭遇したであろう壮絶な過去を持つ男の影が見え隠れするあたりがクールだった。レイチェルの一人息子フレッチャーとの交流にもフランクの人柄がよく表れていた。カラオケバーでの歌はご愛敬。
レイチェルの姉、ニッキーはAKANE LIV(元雪組の神月茜)。舞台のキーパーソン的な存在という非常に印象的な役どころを控えめながら的確に演じて強烈な印象を残す。場末のバーで歌う「セイビング・マイ・ラブ」も聴かせた。柚希とは85期生の同期だが舞台での共演は初舞台以来。にもかかわらずラストシーンなど役柄の姉妹としての感情とこれまで別々の道を歩んできた同期同士の感慨がだぶってなんともいえない連帯感がうまれていて感動的だった。
レイチェルの老練なマネージャー、ビル役で吉本新喜劇の内場勝則が出演、大阪弁を封印しながらも非常にいい味を出して好演しているのも特筆したい。レイチェルを娘のように見守っている感じがよくでていた。一瞬ギャグを披露する場面があって笑いを誘ったが、しつこくなく緊張感あふれる舞台の清涼剤のような形になっていたのがスマートだった。
大阪公演は29日まで。東京公演は4月3日から東急シアターオーブで開催の予定。
©宝塚歌劇支局プラス3月27日記 薮下哲司