©️宝塚歌劇団
望海風斗、彩風咲奈による究極の男役美学、
雪組公演「ワンス アポン ア タイム イン アメリカ」開幕
皆様、明けましておめでとうございます。本年も、宝塚歌劇支局プラスを、どうぞ、よろしくお願いいたします。
1920年代から50年代までのアメリカの裏社会を背景に、対照的な人生を送った二人の男の愛と野望を描いた雪組公演、ミュージカル「ワンス アポン ア タイム イン アメリカ」(小池修一郎脚本、演出)が元日、宝塚大劇場で開幕した。小池氏の宝塚生活の集大成ともいうべき渾身の大作で、男役としての円熟期を迎えた望海風斗を得て、小池式宝塚の男役美学の決定版ともいうべき作品に仕上がった。
「ワンス アポン―」は「夕陽のガンマン」などのマカロニウエスタンで知られるセルジオ・レオーネ監督が、10数年の歳月をかけて1984年に発表したギャング映画の大作。フランシス・フォード・コッポラ監督によるイタリアンマフィアの世界を描いた「ゴッドファーザー」のヒットに刺激を受けつつ、彼らよりさらに底辺のユダヤ系移民側から描いた4時間近い長編。ロバート・デニーロ扮する壮年期を迎えた主人公ヌードルスの回想という形で展開、少年時代、青年時代、壮年期と40年にわたる時の流れを自在に行き来しながら、時代のエピソードを丁寧に描いていくという構成で、全体の流れが分かりにくく、謎に包まれた部分も多いが、熱狂的な信者の多いカルト的作品でもある。私自身の評価はそれほど高くないが、デビュー前の多感な時期にこの作品を見た小池氏はいたく感動、これまでにもこの映画からインスパイアされた作品を何作か発表している。
宝塚版は、大筋は映画とほぼ同じだが、映画の40年間という時間軸を30年に縮め、ヌードルスが唯一愛した親友の妹デボラとの愛を前面に押し出したのが小池オリジナル。一幕は、望海を中心にしたスタイリッシュなギャングスターの群舞のあとヌードルス(望海)が25年ぶりにニューヨークに帰ってくるところから。親友モー(奏乃はると)と再会、ヌードルスの回想が始まる。若き日のヌードルスはモーの妹デボラ(真彩希帆)に首ったけ。バレエのレッスンを盗み見したあと、ヌードルスとデボラはそれぞれの夢を語り合うのだった。しかしヌードルスはけんかに巻き込まれて警官を殺害、7年の刑に。その間にデボラはブロードウェーで大成功。出所したヌードルスは幼馴染の盟友マックス(彩風咲奈)に誘われて宝石店強盗に手を染め大金を手に。ヌードルスは海辺の豪華なホテルにデボラを誘い愛の告白をするのだが、デボラは危険な仕事をするヌードルスを拒否、ハリウッドに旅立っていく。
ヌードルスとデボラのラブストーリーを軸に、男同士の友情が絡むという筋立てで、本来のテーマであるヌードルスと幼馴染の盟友マックスという対照的な男同士の関係描写がややうすくなったようにも思うが、後半に彩凪翔扮するジミーの場面を大きく膨らませて映画にはなかった場面を継ぎ足すことによってマックスとその愛人キャロル(朝美絢)、デボラの運命的な関係をわかりやすくあぶりだし、ヌードルスという不器用な人生を送った男の哀愁を際立たせた。小池美学の集大成ここに極まれりといったクライマックスだった。
あれだけの長編にさらに新たなエピソードを入れ込みながらショーシーンやダンスナンバーをまじえて約2時間のミュージカルに収めたのはさすがベテラン小池氏の力業。大橋泰弘氏の装置もオープニングのニューヨークの映像を含めてどの場面も時代の雰囲気が濃厚に出ていて、とりわけ、フォーリーズの華やかな舞台面やアールデコ調のレストランなどゴージャス感が漂い、作品の雰囲気づくりに大きく貢献していた。これにもう少しメロディアスで覚えやすい主題歌があれば言うことなしなのだが、すぐには口ずさめそうにない難しい歌ばかりなのが残念。望海、真彩がうますぎることが原因なのだが。
望海は、ユダヤ系移民のヌードルスの少年時代、青年期、壮年期を通して、友情のために一番大切なものまでも犠牲にした、純粋で不器用な男の半生を、哀歓込めて演じ切り、男役としての一つの完成形を見せつけた。公演中にさらに練り上げてもっといい形になる予感がする。オープニングシーンで歌う「摩天楼のジャングル」はじめどの歌もさすがの歌唱力、特に一幕終わり、レストランのシーンのあとで歌う銀橋ソロは聴かせた。
真彩も、デボラの少女から大人になっていく過程を巧みに表現、ヌードルスを愛しているのだが、まっとうな世界で成功してほしいと願い、拒んでしまう難しくも微妙な女心を納得させた。彼女のためにバレエのシーンにわざわざ歌のソロを作ったり、ゴージャスなショーの場面があったりと映画にはないシーンがいっぱいあって、大きく膨らんだデボラを真彩が好演した。
ヌードルスの人生に大きな影響を与える盟友マックスに扮した彩風は、ヌードルスとの最初の出会いの場面から強烈なインパクト。常にヌードルスたちをリードするが銀行襲撃の爆発であっけなく死んでしまう。後半の意外な展開はネタバレになるので控えるが、ヌードルスとは対照的に裏社会で成功しながら決して満ち足りた人生ではなかったマックス。決して多くない出番のなかで彩風はこの難役を深く理解して演じ、すべてに納得させるものがあった。
ほかにも多くの重要な役があり、なかでもマックスの愛人キャロルを演じた朝美絢、全米運送組合の活動員ジミーに扮した彩凪翔が印象的。朝美はクラブインフェルノのダンサーで、登場シーンのセクシーな歌とダンスから目を射た。デボラと対照的な女性像として描かれていて、朝美が普段男役とは思えないほど色気たっぷりに演じていて魅力的だった。一転後半、記憶喪失になってからの車椅子の場面も熱演だった。一方、ジミー役を演じた彩凪は、善なのか悪なのか、複雑な性格を持つ役どころを、いかにも誠実そうに演じる彩凪が見事だった。映画ではそれほど大きい役ではなかったが、マックスとの関係でかなり膨らませてあり、それが効果的だった。この役はロバート・デニーロ主演の映画「アイリッシュマン」でアル・パチーノが演じたジミー・ホッファがモデル。後年、マフィアとの癒着が発覚して失踪する。
ヌードルスの仲間たちは、マックスのほかにファット・モーの奏乃、コックアイの真那春人、パッツィーの縣千、そしてドミニクの彩海せら。奏乃がいい味を出して脇を締め、ハーモニカを小道具にした真那の達者さが印象的。ほかにも面白い役が多くあり、デボラの仕事仲間である作曲家ニックを演じた綾凰華が、唯一さわやかな役どころを好演。娘役では潤花が序幕と終幕のロックンローラーやダンサーのエミリーなどで目立っていたほかヌードルスたちと敵対するマフィアのチンピラ、バグジーに扮した諏訪さきの押し出しの強いセリフも耳に残った。
小池氏としては「ポーの一族」とは対極に位置する作品のような気がするが、念願の舞台化であったことは同じで、ヌードルスとデボラの報われない愛を中心にすえながら、実はヌードルスとマックスの関係性がすべての出来事の根底にかかわっていることから、2人にエドガーとアランに通じるものがみえたのはうがちすぎだろうか。
初日の客席は立ち見も完売。千秋楽まで前売りは完売という人気の公演となっている。望海も「きょう始まったばかり。これからさらに深めていきたいので見守ってください」と挨拶。正月らしく「ワンス アポン」の掛け声で客席全体で鏡開き、大きな拍手とともに幕を閉じた。
©宝塚歌劇支局プラス1月1日記 薮下哲司