©宝塚歌劇団
珠城りょうを中心とした月組によるブロードウェイ・ミュージカル「ON THE TOWN」(野口幸作潤色、演出)大阪公演が27日から梅田芸術劇場メインホールで始まった。
「ウエスト・サイド・ストーリー」の名コンビ、レナード・バーンスタイン作曲、ジェローム・ロビンス振付のデビュー作として知られる伝説のミュージカルの宝塚版。佐渡裕指揮による来日公演も並行して上演されるなど、ちょっとした事件になっているが、もともとは戦時中の1944年にブロードウェイで初演された戦意高揚を隠しテーマにした国策ミュージカル。バーンスタインの音楽とダイナミックなダンスシーンは古さを感じさせないばかりか素晴らしいが、2019年の今、日本で、宝塚でこの作品を上演する意味がどこにあるのかあまりよくわからなかった。
憧れのニューヨークで24時間の上陸許可を与えられた3人の水兵たちのそれぞれのガールハント行状記を歌とダンスでつづったミュージカルで、1949年にジーン・ケリー、フランク・シナトラらの出演で映画化「踊る大紐育(ニューヨーク)」のタイトルで日本でも1951年に公開されている。人気スター二人の歌に加えてヴェラ・エレンの切れのいいダンスで評判となり、その後「雨に唄えば」や「掠奪された7人の花嫁」さらにはオードリー・ヘップバーンの「パリの恋人」を監督したスタンリー・ドーネンの初期の作品とあって、かつてのミュージカルファンのバイブルのようなミュージカル映画だった。ストーリーはどうでもよくてとにかく歌やダンスがあればよかった時代の話だ。
制作から75年たった今、改めてこのミュージカルを見ると、楽しくご覧になった方には水を差すようだが3人の水兵たちが羽目を外して一日の休暇を遊ぶ姿は、見ていてあまり気持ちのいいものではなかった。「今度いつ来られるかわからない、生きて帰れるかどうかもわからない」という珠城扮するゲイビーのセリフがあったが、いかにも戦時中のミュージカルという厭戦ムード。かといって反戦ミュージカルというわけでもなく、その辺がからっとしないので、後味の悪さが残った。まあ、それが言いたいことなのかと、善意に解釈したい。
このミュージカル、2014年にジャニーズの坂本昌行、長野博、井ノ原快彦のトリオと元花組の真飛聖、元専科の樹里咲穂、シルビア・グラブの主演で日本初演されている。プログラムがあるので見たはずなのだが、全く忘れていて、その時もあまり印象に残らなかったのだと思う。
宝塚版は今年1月に、珠城と美園の新トップコンビ披露として東京国際フォーラムで初演、今回の大阪公演は、何人かの出演者の役替わりがあって、続演という形での上演。
甲斐正人指揮によるオーバチュアに乗せて、古き良きニューヨークの名所を撮った絵葉書がスライドで登場、幕が開くとそこは早朝のブルックリン海軍造船所。労働者たちが歌っている。颯希有翔(はやき・ゆうと)の第一声が素晴らしい。颯希は二幕でコニーアイランドのクラブの歌手ラジャーとしても登場するがフィナーレの珠城と美園のデュエットでもカゲソロを担当するなど、実力を発揮している。
労働者たちの歌が終わったところで、ゲイビー(珠城)オジー(鳳月杏)チップ(暁千星)の3人が登場。白に紺のアクセントがついただけのネイビースタイルで「ニューヨーク・ニューヨーク」を歌う。珠城と鳳月のバディぶりが最初から効いていてなかなか楽しいオープニング。夜までにそれぞれが恋人を見つけてタイムズスクエアで落ちあうことにするが、ゲイビーが、地下鉄の車中に貼られた「ミス・サブウェイ」のアイビー・スミス(美園)のポスターに一目ぼれ、まずは3人で手分けしてアイビーを探そうということになって…。暁がちょっとおせっかいな後輩ぶりを発揮するところもぴったりはまり、そんな感じでストーリーが展開していく。
とはいえ、1日の話なのでフィナーレまで一回の着替えもないのにはびっくり。著作権の関係でオリジナルを変更できないという厳しい制約があり、楽曲を短くするなどの細かいアレンジでテンポ感を出してはいるが、珠城、美園のトップコンビのための場面というのが新たに作れず、幻想のダンスシーンくらいしかなかった(このダンスシーンは出色)のもやや物足りない要因。
珠城は、まじめな水兵さんというイメージ、一方、鳳月はちょい悪の遊び人、暁は間の抜けた純情坊やというキャラクター。三人三様、それぞれうまくはまっているが、生オケとの音響効果のせいもあるが早口のセリフがはっきり聞き取れない箇所が何か所かあって、ずいぶん損をしていたのが惜しい。
鳳月は久々に月組に里帰り、気の合った仲間との再会で、羽を伸ばして楽しんでいる感じが客席にも伝わった。
美園も、この一年でずいぶん大きく成長、歌に芝居にのびのびとしていて、舞台姿が華やかになった。歌の人だと思っていたがダンスも素敵で珠城とのコンビがよく似合った。
タクシー運転手のヒルディー、そのルームメイトのルーシー、そして人類学者のクレアの娘役が演じる3人が役替わりで初日はヒルディーが白雪さち花、ルーシーが海乃美月、クレアは夢奈瑠音という配役。初演から続投の白雪が作りこみ十分の個性的演技で臨めば、海乃も眼鏡に肉布団と一見わからないぐらいのオーバーメイクで笑わせ、夢奈もちょっぴりタガが外れたインテリ女性を男役とは思えないほど可愛く演じて客席を沸かせた。
役替わりは夢奈がヒルディー、白雪がルーシー、海乃がクレアで8月2日から9日までというが、これも面白いかも。
宝塚版ならではのフィナーレは、最初に暁が自身のナンバー「お料理が得意」を披露、次に美園を中心にした娘役がトップハットとケーンをもって歌い踊り、続いて鳳月の紫門ゆりや、夢奈らを従えてのラテンと続き、珠城と美園のデュエットへとつながっていく。豪華で華やかなフィナーレは来日公演にもジャニーズ版にもなく、やはり宝塚の宝塚たるところ。作品自体の不満もフィナーレで吹き飛んでしまった。
©宝塚歌劇支局プラス7月28日記 薮下哲司