©宝塚歌劇団 新人公演プログラムより
風間柚乃、武蔵を生きる 月組公演「夢現無双」新人公演
剣豪、宮本武蔵の少年から青年にいたるまでの半生を佐々木小次郎との対決をクライマックスに描いたグランステージ「夢現無双」(斎藤吉正脚本、演出)新人公演が、4月2日、宝塚大劇場で行われた。武蔵を演じたのは若手実力派、風間柚乃。トップスター、珠城りょうのために書かれたこの作品を、見事に自分のものにして血気盛んな荒々しい武蔵像を体現、新たな感動を呼び起こした。
斎藤氏による脚本は、吉川英治による膨大な原作のおびただしい登場人物を次から次へと登場させ、過去現在を同時に並行して展開するなど、1時間35分で原作すべてを網羅する欲張った構成。情報量が多すぎて一度見ただけでは、とりわけ前半がエピソードの羅列で感情移入が難しかったが、連日の公演で徐々に練り上げられ、武蔵の人生にとっての節になる部分にメリハリをつけることで、ずいぶんドラマチックに進化している様子がうかがえる。
新人公演でも武蔵に扮した風間が、人生の節目ごとにがらりと雰囲気を変えて人間的な成長をドラマチックに演じ、1時間35分で武蔵の人生を巧みに再現、舞台に武蔵その人がいるような錯覚を覚えるほどの見事な舞台を見せた。
風間のすごいところは眼光の鋭さで剣豪としての武蔵の狂気のような執念を表現、お通に対する熱い気持ちをストイックに抑える内面の葛藤を鮮やかに演じ、見ていて鳥肌がたつような好演だった。決して大柄ではないのだが、舞台に立つとひときわ大きく見える。新人公演でこれだけの演技をみせてくれたのはこれまで見たことがない。天性の資質というほかない。
相手役のお通(美園さくら)は天紫珠李。男役から娘役に転向してから新人公演初ヒロインとなったが、清楚なたたずまいに透きとおった歌声、控えめな演技と宝塚の娘役に求められるすべてをクリア、一途に武蔵を思う切ない心情をしっとりと見せこんだ。実際は風間と変わらない身長があるはずだが、小さく見せる工夫も見事だった。
美弥るりかが好演している佐々木小次郎を演じたのは蘭尚樹。切れ長の涼しい瞳や凛とした雰囲気は小次郎にふさわしいが、本役が素晴らしすぎるので、どうしてもハンデがあった。役に助けられたとはいうものの後半、武蔵が野武士グループに襲われるくだりで助太刀に入るあたりから存在感が増し、クライマックスの巌流島の決闘へとうまくつないだ。殺陣の動きも緊張感があふれた。
ほかに月城かなとが演じた武蔵の幼馴染、本位田又八は英かおと。持ち前のスタイルのよさを封印するしかない難役を芝居心のある演技で好演。暁千星の吉岡清十郎を演じた彩音星凪も水も滴るという表現がぴったりなほどの研ぎ澄まされた美しさで、初登場シーンでは拍手が起きた。伝七郎(夢奈瑠音)の礼華はる、祇園藤次(輝月ゆうま)の蘭世惠翔と期待の若手にも適役がついてそれぞれ好演。
娘役は吉野太夫と白い鳥を二役で演じ分けた結愛かれん、武蔵を思うもう一人の女性、朱実役の白河りりの繊細な演技に注目、そして子役の城太郎を演じたきよら羽麗の芝居心のある演技もひときわ印象的だった。「アンナ・カレーニナ」のキティ役で一躍注目された逸材だ。武蔵の少年時代を演じた天愛るりあの熱演も光った。
ほかにも沢庵(光月るう)の朝陽つばさや武蔵の父、新免無二斉(紫門ゆりや)の空城ゆう、柳生石舟斎宗巌(響れおな)の柊木絢斗、光悦(千海華蘭)の甲海夏帆と新人公演では難しい大人の役に配されたメンバーもそれぞれに好演して舞台のクオリティーをあげるのに一役買い、月組若手の層の厚さを物語っていた。
風間を中心とした新人公演メンバー全員の緊張感あふれる好演が、完成度は本公演には及ばないものの、作品の持つ本来の力を垣間見せてくれた見事な舞台だった。
©宝塚歌劇支局プラス4月3日記 薮下哲司