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明日海りお、稀代のプレイボーイに!花組公演「CASANOVA」開幕
星組トップスター、紅ゆずるの10月退団が発表され、105周年トップの一角がついに崩れることになったが、花組トップスターの明日海りおは就任5年目にしてまだまだ充実一途、稀代のプレイボーイに挑戦、相手役の仙名彩世のサヨナラ公演となった豪華絢爛一本立て大作、祝祭喜歌劇「CASANOVA」(生田大和作、演出)が8日、宝塚大劇場で開幕した。
「CASANOVA」は、18世紀イタリア、年に一度のカーニバルに沸くヴェネツィアを舞台に、風紀紊乱の罪で投獄されながら、まんまと脱獄に成功した稀代のプレイボーイ、カサノバの新たな愛と冒険を描くスペクタクル・ミュージカル。「春の雪」で非凡な才能を発揮した生田氏が、明日海のために「シェークスピア」以来、久々にオリジナルを書き下ろし、音楽を「1789」や「太陽王」「アーサー王伝説」のドーヴ・アチア氏に依頼、全曲書き下ろしの新曲で挑んだ意欲作だ。
序幕は柚香光扮する審問官コンデュルメルと元愛人のゾルチ夫人(花野じゅりあ)がこれから始まるカサノバの異端審問に向かうところから。舞台が明るくなるとそこは水の都ヴェネツィア。多くの市民が見守るなか明日海扮するカサノバが登場。ブロンドのヘアにゴージャスなシルバーのコスチュームが明るい照明に映えて、まさに見惚れるほどの美しさ。ヴェネツィア中の女性が「カサノバ…」とため息をついて見守る中、異端審問が始まるというオープニング。
小池修一郎氏が紫苑ゆうのサヨナラ公演のために書き下ろした星組公演「カサノバ・夢のかたみ」(1994年)は、カサノバがこの異端審問でヴェネツィアを追放され、数年後に帰国して裁判で申し開きをするという展開だったため、今回の公演はその前日談ということになる。明日海カサノバは、有罪の判決を受け、鉛屋根の牢獄に幽閉されるが、同室となった神父のバルビ(水美舞斗)をそそのかしてまんまと脱獄に成功、折からのカーニバルの喧騒にまぎれて逃亡をはかるが、たまたま逃げ込んだ馬車で総督の娘ベアトリーチェ(仙名彩世)と運命の出会いをする。ベアトリーチェは修道院での勉学を終え、自由な世界を求めてヴェネツィアにやってきたのだが、現実はそうはいかず、やっとの思いで屋敷を抜け出したときだった。飛び込んできたカサノバにそうとは知らず、噂のカサノバについて痛烈な批判をする。そんなベアトリーチェにこれまでの女性とは違った思いを抱いたカサノバは…という展開。
一本立てのオリジナルなので、とにかく衣装や装置が豪華で立派。音楽のほかにも装置は二村周作、衣装は有村淳、映像は奥秀太郎、振付にはDAZZLEの長谷川達也を招へい、指揮が塩田明弘という、日本演劇界の第一人者が勢ぞろいしたことでも力に入れようがわかろうというもの。好調宝塚の総力を結集したといわんばかりの贅沢さに、ストーリーなどどうでもよくなるぐらいの幸福感にひたれる。
特にスモーキーレッドというのか渋い赤の使い方がおしゃれだった。ただ、いくら舞台面が豪華で素晴らしくても、内容が面白くなければ……。残念ながらこの作品、終わってみれば美しいものを見たという満足感はあっても感動が残らない、ちょっとそんな感じになってしまった。カサノバを題材にした作品にこれまで面白い作品がなかっただけに、今回も、カサノバを題材にした作品を上演すると聞いたとき、ちょっと不安になったのだが、案の定、予感が的中した感じ。
というのは、稀代のプレイボーイ、カサノバの半生を描くとき、その女たらしの人生を肯定するには本当は善人だったのだと理由を仕立て上げないといけなくなり、結局、理想の女性にめぐりあってめでたしめでたしという結末になるのがこれまでの常道。そうでない場合は因果応報で非業の死を遂げるという悲劇パターンとなる。今回は典型的な前者のパターン。まあ宝塚だからそうなるだろうなとは思うが、カサノバを貶めようとする審問官のコンデュルメルとその妻(鳳月杏)の冷え切った関係を対照的に登場させて、カサノバの純粋性を際立たせたり、モーツアルトを登場させて「ドン・ジョバンニ」のメイキングとだぶらせたりした苦心は買えるが、しょせんは飾りでしかない。
とはいえ明日海カサノバは本当に美しくて、なめらかな歌唱はさらに円熟味を増し、オープニングだけで一気に3曲のソロがあり、その存在だけで十分。いつまでも見ていたい聞いていたい感覚に陥る。1017人の女性を相手にしたというにはあまりにもワルっぽさがなくさわやかすぎてカサノバというにはちょっと物足りないところが弱点といえば弱点か。
ベアトリーチェを演じた仙名は、灰色の地味な衣装を脱ぎ捨てて真っ赤な衣装に変身する登場シーンの艶やかさに息をのみ、サヨナラ公演とあってソロもふんだんにあって、持ち前の透き通った歌声を存分に聴かせてくれた。なかでもカサノバと分かった時に唄う曲が「アナと雪の女王」の「ありのままで」にそっくりの曲想で聴かせた。役柄の比重も明日海とほぼ対等、名実ともに明日海の相手役として有終の美を飾ったといえよう。
コンデュルメルの柚香は、カサノバに対する敵役といった役どころで、人間的にも印象のよくない役だが、そのさっそうとしたマントさばきはじめ、その存在の華やかさはさらに磨きがかかった感じ。台詞がこもりがちで明晰さをかくところがあるのは改善の余地あり。
その妻役を演じたのは、月組に里帰りが決まった鳳月杏。妖艶なメイクにゴージャスなドレス。高音のソロも違和感なく艶やかな女役を楽しげに演じていた。ただ、このコンデュルメル夫妻のドラマは、書き込まれているわりには、ストーリーに有機的に絡んでこないのが
辛い。
明日海カサノバとずっと行動を共にするバルビ神父の水美は、ひげぼうぼうの汚れ役から徐々に綺麗になっていくおいしい役。期待度がうかがえる起用にきっちりと応えた。瀬戸かずやはベアトリーチェの婚約者コンスタンティーノ。「ロミオとジュリエット」で言えばパリスのような振られ役だが、瀬戸らしい細かい役作りが印象的。
若手男役陣は、ヴェネツィアのカジノに登場する。モーツアルトの綺城ひか理、錬金術師バルサモの飛龍つかさ、メディニの聖乃あすかといったところが中心人物。大きな役ではないが、きちんと見せ場もあって、コスチュームがそれぞれ凝っていてそれぞれが弾んでいた。このあたりの使い方のうまさはさすがだ。
娘役は、ベアトリーチェの付き人ダニエラに扮した桜咲彩花が印象的だったが、男装の麗人アンリエットに扮した城妃美伶も魅力的。次期娘役トップの華優希は、綺城が扮したモーツァルトの妻役だった。
一本立てなのでフィナーレに短いショーがつくが、これがストーリーと絡んでいて、ヴェネツィアのカーニバルということになっている。ここでも明日海の赤の衣装が目に焼き付く。一転、明日海、仙名のデュエットの衣装はカメオを思わせるブルーと白。全体的にカラーコーディネートが洗練されていて、衣装デザインも斬新。中世イタリアの雰囲気を濃厚にたたえた最新コレクションのファッションショーを見ているような感覚だった。
ドーヴ・アチア氏のオリジナル音楽は「1789」に似た曲想があったりもするがラップを使ったり、メロディアスな主題歌など既存の宝塚の音楽とはやはり一味違う、初日には本人も客席で観劇、終演後には笑顔で大きな拍手を送っていた。舞台の最先端をリードしているのだという宝塚の自信があふれでた豪華な舞台だった。
©宝塚歌劇支局プラス2月11日記 薮下哲司