©宝塚歌劇団
月組新トップ、珠城りょう大劇場お披露目公演「グランドホテル」開幕
月組の新トップスター、珠城りょうのお披露目公演、ザ・ミュージカル「グランドホテル」(トミー・チューン特別監修、岡田敬二演出、生田大和演出)とモン・パリ誕生90周年レヴュー・ロマン「カル―セル輪舞曲(ロンド)」(稲葉太地作、演出)が、元日から宝塚大劇場で開幕した。トミー・チューン氏はじめ涼風真世、麻乃佳世ら「グランドホテル」初演メンバーも客席で見守った初日の模様をお伝えしよう。
「グランドホテル」は、1932年、グレタ・ガルボはじめ当時のMGM専属スターのオールスターキャストで製作された大作映画。 さまざまな登場人物を同時進行で描くスタイルをとっており、この映画の成功以来、空港や駅などを背景にこの手の作品が数多く作られ「グランドホテル」形式と呼ばれるきっかけになった。舞台化もされたが、これを1989年、トミー・チューンがミュージカル化、トニー賞を受賞するヒット作になった。日本でも松竹によって新橋演舞場と京都南座でツアー版が上演されたが、1993年に宝塚が、トミー・チューン氏を演出に迎えて涼風を中心にした翻訳版を月組で初演、以来24年ぶりの再演となった。
宝塚版は2時間10分あるオリジナル版を30分短縮するため、初演はトップスターの涼風が演じた簿記係のオットー・クリンゲラインを中心にしたバージョンが上演されたが、今回は珠城りょうを貴族とは名ばかりで文無しの泥棒、フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵に配し、愛希れいか扮する往年のプリマバレリーナ、グルーシンスカヤとの一日だけの恋を中心にした新バージョンとなった。トミー・チューン氏と生田氏の細かい打ち合わせで、オリジナルにはない二人の場面が新たに作られ、新トップコンビ披露にふさわしい華やかさと共に、もともとこの作品が持っている密度の濃い演劇性がうまくブレンドされ、新年早々、非常にクオリティーの高い公演となった。バレリーナ役に扮した愛希が素晴らしくて、彼女に助けられたとはいえ、珠城は男爵としての凛としたかっこよさを陰のある雰囲気をにじませて好演、トップとして幸先のいいスタートを切った。
舞台は「グランドホテルにようこそ」という案内嬢のアナウンスから始まり、電話交換手やベルボーイの声が交錯する中、中央の回転扉から帽子を目深にかぶった紳士が舞台前方に歩みより、帽子をさっととるとそれが珠城扮するフェリックス。主題歌を歌いだし、登場人物が全員登場する「グランドパレード」に展開していく。涼風から珠城に代わっただけで初演と同じプロローグ、懐かしさがこみあげる。
1928年のベルリン。第二次世界大戦の火種がふつふつと起こり始めていたころの激動の時代の冬のある一日。超一流のグランドホテルには、公演中のグルーシンスカヤ(愛希)はじめ付き人のラファエル(暁千星)、億万長者の実業家プライジング(華形ひかる)、タイピストのフラムシェン(早乙女わかば)、老医師オッテルンシュラーグ(夏美よう)らが宿泊していた。「今夜は踊れない」というグルーシンスカヤを興行主サンダー(綾月せり)とマネージャーのウィット(光月るう)がなだめていると、そこにフェリックス(珠城)が通りがかり、グルーシンスカヤの美しさに圧倒される。この二人の出会いの場面を印象的に演出、そのあとの展開の伏線になっている。
一方、余命数カ月と宣告された簿記係のクリンゲライン(美弥るりか)が一生の思い出に宿泊するためフロントにやってくる。しかし、そのあまりにみすぼらしい風体にホテルの支配人(輝月ゆうま)から断られてしまう。倒れかかったクリンゲラインにガイゲルンが助け舟をだし、無事、宿泊することができる。
フェリックスとグルーシンスカヤ、そしてクリンゲラインとフラムシェン、この4人に展開をしぼり、凝縮したストーリーにしたことで、たった一日の話のなかで、それぞれのはかない人生が浮き彫りにされ、感動的な舞台となった。
フェリックスがグルーシンスカヤの部屋にネックレスを奪うために忍び込み、公演をキャンセルしたグルーシンスカヤと鉢合わせして恋に落ちる場面の珠城と愛希の演技の間合いが見事で、初演にはなかった愛希グルーシンスカヤのソロも感情がこもり素晴らしかった。一方、フェリックスが、プライジングの部屋に忍び込み、犯されそうになったフラムシェンを助けたことからもみあいになって撃たれてしまう場面も、幻想シーンを新たに挿入、フェリックスの切ない心情が滲みでたいい場面だった。ラストもひとひねりしてあって、なかなかしゃれたエンディングだった。そしていったん幕がおりたあと、再びあがって全員勢ぞろいしてのカーテンコールがあるのも、なんだかほのぼのとして後味がよかった。
珠城は、文無しだが人のいい男爵を、素直な演技でストレートに演じた。もう少しやさぐれた感じが出ればさらに大人な感じが出るのだが、誠実で人の好さをかなり前面に出していてプレイボーイという感覚を抑え気味だったのがやや物足りなかったが、立ち姿の美しさと安定感のある歌唱で全体的には好印象だった。
相手役の愛希は、最盛期を過ぎたプリマバレリーナで、フェリックスに年齢を聞かれて「39歳と39カ月」と答える場面があるなどかなりの難役だが、バレリーナらしい背筋をピンと張った立ち姿と、凛とした表情がとにかく素晴らしかった。
クリンゲラインの美弥も役が乗り移ったかのような力演。初演を何度も見ていて、憧れの役だったというだけあって、渾身の演技と歌、それにバーのダンスは見事というほかなく、ラストはあまりにそっくりで初演の涼風を思わず思い出してしまったほどだった。
フラムシェンは海乃美月とダブルキャストで初日は早乙女わかばが演じたが、女優志願のタイピストという夢々しい雰囲気を巧みに表現、一方、彼女を雇うことにしたプライジングにふんした華形も品を崩さずに男のいやらしさを体現、久々の大劇場公演を楽しんでいる感じ。
グルーシンスカヤの付き人ラファエルに扮した暁は、ボブカットの髪型で女役に挑戦したが、大人の女性のちょっと妖しい雰囲気を出すのにはまだ少々無理があったよう。しかし、歌の成長ぶりには目を見張った。
その暁とダブルキャストの朝美絢は、妻がお産で入院しているのに仕事のために立ち会ってやれないフロント係のエリック役。制服に眼鏡をかけてのさわやかな熱演だった。ほかにフェリックスを脅迫する運転手役の宇月颯や興行主サンダーの綾月などが印象的。アンサンブルメンバーが踊る「チャールストン」などのスタイリッシュな群舞も宝塚ならではの大人数で、しかもピタッと決まっていて心地よかった。小道具として重要な椅子の出し入れもすべてアンサンブルメンバーの仕事になっていて、一糸乱れず要領よく片付けていくのもみどころのひとつだった。
一方「カルーセル―」はモン・パリ誕生90周年と銘打った絢爛豪華なレヴューで、プロローグは星空のなかに宙に浮いた4頭の回転木馬が舞台に淡い照明にたたずんでおり、その幻想的な雰囲気に客席からは思わず歓声があがったほど。水先案内人の華形の誘いによって、「モン・パリ」のふるさと「パリ」を皮切りにその白馬たちが世界一周の旅に出発するという設定でレヴューが始まる。オープニングはその白馬の王子に扮した珠城が登場、白馬の紳士たちとともに華やかに歌とダンスを繰り広げる。パリのあとはニューヨーク。暁を中心とした汽車のラインダンスのあとはメキシコへ。黒のスーツに縫い付けた赤いスカーフで踊る激しいダンスが印象的。続く中詰はブラジル。「ノバ・ボサ・ノバ」を思わせるカーニバルの狂騒が展開、色の洪水というべきカラフルな祝祭へと発展していく。ここは森陽子氏の振付場面。あのカポエイラも登場して熱気むんむんの場面となった。
続いて美弥を中心としたシルクロードの場面、珠城、愛希を中心としたインド洋の場面と続き、はつらつとしたラインダンス、そして終着駅は宝塚。黒燕尾の紳士たちと白いドレスの淑女たちが「モン・パリ」に乗せて踊り、珠城、愛希のデュエットダンスへと展開していく。大階段から始まる黒燕尾の男役の群舞が娘役を交えての優雅なナンバーに発展していくのは久しく見たことがなかったので新鮮だった。水先案内人に扮した専科の華形の出番も多かったが、白馬の王子に扮した珠城がシルクロードとラインダンス以外の全場面に登場、愛希との息の合ったデュエットダンスはじめお披露目らしい大車輪の活躍で、歌にダンスに魅力全開。新トップ珠城を印象付けた。
終演後、舞台から憧花ゆりのが、客席のトミー・チューン氏と涼風、麻乃を紹介、涼風が立ち上がって「ブラボー!」と声援を送っていた。涼風はこのあと「すごくよかった。感動した」と後輩の「グランドホテル」をほめちぎっていた。満員の客席のファンも総立ちで新トップの船出を祝福。珠城も「初日なのに千秋楽みたい」と大感激だった。
©宝塚歌劇支局プラス1月3日 薮下哲司記