暁千星が新境地を開拓、星組公演「夜明けの光芒」快ダッシュ
星組の人気スター、暁千星主演によるミュージカル・ロマン「夜明けの光芒」(鈴木圭脚本、演出)が3日から梅田芸術劇場シアター・ドラマシティでスタート、暁が文豪チャールズ・ディッケンズ原作による数奇な運命をたどる青年像に挑戦、新境地を拓いた。
原作の「大いなる遺産」は「オリバー・ツイスト」「二都物語」と並ぶディッケンズの代表作の一つ。これまで何度も映画化されていて「アラビアのロレンス」の巨匠デビッド・リーン監督が1946年に発表した原作に忠実なモノクロの作品が印象深いが、2022年にもアルフォンソ・キュアロン監督、イーサン・ホーク主演で現代アメリカを舞台にリメイクされたばかり(日本未公開、DVDが発売中)。宝塚では1990年に剣幸、こだま愛時代の月組で上演され世界初のミュージカル化として話題になった。今回、大筋は原作通りだが、鈴木氏が暁のために自由に脚色、波乱万丈メロドラマチックでありながら初演とは全く色合いの異なったなかなか骨のある人生ドラマに作り上げている。
19世紀初頭のイギリス(「BDTT」「RRR」「Eternal Voice」と宝塚は最近この時代のイギリス物が流行している)。幼いころに両親を亡くしたピップは、姉ジョージアナの嫁ぎ先である鍛冶屋のジョーに引き取られ、見習いとして働いていたが、ある日、近所の大邸宅に住むミス・ハヴィシャムから邸宅に招待され、運命の女性エステラと出会う。そんなある日、ピップに莫大な遺産の相続人になったという知らせが届き、ピップは遺産相続のふさわしい紳士修業のためロンドンに向かう……といった展開。ピップに莫大な遺産を託した謎の人物が中ごろに姿を現すのがこの物語の面白いところ。それによってピップの人生が大きく変わっていくのがみどころとなる。
少年期のピップを藍羽ひより、少女期のエステラを乙葉菜乃、青年期をそれぞれ暁、瑠璃花夏と二人一役にし、ピップの心を象徴する紘希柚葉ら闇ダンサーのダンスを効果的に登場させて時間軸を縦横に前後させ、くわえてピップの心の闇とエステラをめぐるライバルの富豪青年ベントリーを天飛華音の1人二役にしたところがユニークなアイデア。主人公ピップの心の闇と複雑な人間関係をこれでうまく表現、膨大な小説を二時間あまりでテンポよくわかりやすくダイジェスト、クライマックスを盛り上げた。
プロローグは黒ずくめの闇ダンサーたちのスタイリッシュなダンス。孤児の少年ピップ(藍羽)は脱獄囚エイベル(輝咲玲央)からやすりとパンを懇願され、身を寄せている鍛冶屋ジョー(美稀千種)の家から持ち出して恵んでしまう。エイベルは警官に捕まるがこの事件は少年ピップのその後に大きな影響を与えることになる。「レ・ミゼラブル」の一切れのパン事件とは立場が逆だが、この発端の描き方はなかなかだった。
藍羽と入れ替わって青年期のピップ(暁)が登場。愛する人エステラへの思いを歌い、エステラとの出会いを回想すると暁の前で、再び藍羽と乙葉が場面を進めるといった具合でドラマが展開。ピップに莫大な遺産が転がり込んだことで、ピップは勇んでロンドンに向かい、ハーバート(稀惺かずと)という青年と同居生活をしながら紳士修業することになる。やがて焦がれ続けたエステラ(瑠璃花夏)と再会するが、彼女はベントリー(天飛)と婚約したという。ここまでの一幕はなかなかテンポがいい。
暁は月組時代の「ブエノスアイレスの風」以来二度目の東上主演公演。孤児の青年が莫大な遺産を相続、永遠の女性に見合う紳士修業するなかでさまざまな事件に遭遇、人間的に成長していく様子をこれまでになく陰影深く表現、直情的でシンプルな役が多かった暁にとっては新境地開拓の役どころだったが、初演の剣幸を意識せず暁らしくストレートに取り組んでクリア。何度もリフレインされる𠮷田優子作曲の耳に心地よい主題歌にもおおいに助けられた。
運命の女性、エステラの成長期を演じた瑠璃花夏は、「柳生忍法帖」新人公演のヒロインでの美貌と闊達な演技に注目したが、その後「1789」新人公演のマリー・アントワネット。そして「RRR」のマッリと徐々に印象的な役が続き、外箱初ヒロインとなった。今回は思いやりの心のない女性として育てられた美貌の女性エステラという難役だが、そんな冷徹さを巧みに表現、呪縛が解けたクライマックスの明るい笑顔がとりわけ印象的だった。
初演では久世星佳が演じたピップのライバル、ベントリーに扮した天飛は、ベントリーでありながらピップの影というこれも一筋縄ではいかない難役。しかもこの役が今回の舞台化のミソなのだから責任重大。そんなベントリーを天飛自身も新境地開拓の意気込みで演じぬき、強烈な印象を残した。
初演では当時二番手だった涼風真世が演じたピップの親友役ハーバードは稀惺かずとが清々しく演じこれも適役好演。初演で天海祐希が演じたスタートップは紘希柚葉が演じたがロンドン紳士クラブのパーティー場面でのダンスシーンのセンターを踊ったくらいで役としては小さくしてあった。
ドラマを動かす重要人物は4人。まず鍛冶屋のジョーが美稀千種、脱獄囚エイベルが輝咲玲央、ミス・ハヴィシャムが七星美妃、弁護士ジャガーズが朝水りょうといった顔ぶれ。ベテラン勢にまじって起用された七星は雰囲気的には非常によく頑張っていたが、やや貫禄不足を感じた。この役は出番こそ少ないが作品の根底に関わる重要な役なので専科クラスのベテランの力量が必要だと思った。この作品唯一の弱点か。
とはいえ暁の登り調子の勢いは誰も止めることはできず、暁が演じるピップを今見ることができた幸せを感謝したい思いでいっぱいになった。フィナーレのソロのダンスシーンも眼福だった。
追記 星組のもう一本の「BIG FISH」は、ライブ配信で観劇するつもりでチケットの手配をしていなかったためレビューはありません。ティム・バートンの映画版はバートンにとっても異色の作品で、親子の話なので宝塚向きではないと思いましたが、稲葉太地演出はエドワードがサンドラに求婚する水仙の場面がしょぼいのを除いては礼真琴の好演もあってなかなか好評なようでそれはそれでよかったかと。それにしても礼の息子役が極美慎とは、そんな嘘がつけるのが宝塚の良さですね。