Photographer LESLIE KEE (SIGNO)
©️宝塚歌劇団
柚香光×星風まどかラストステージ、花組公演「アルカンシェル」開幕
花組のトップコンビ、柚香光と星風まどかのサヨナラ公演、ミュージカル「アルカンシェル」~パリに架かる虹~(小池修一郎作、演出)が10日、宝塚大劇場で開幕した。問題山積のなか見切り発車的に公演が再開され、何ごともなかったかのように客席の熱気も戻ったかのようにみえるが、事件以前とは明らかに違う空気がただよう。そんな居心地の悪さがつきまとうなかこれから続く各組トップスターの退団シリーズ第一弾は、バックステージもののミュージカルレビュー。ダンサー柚香の魅力全開といったラストステージとなった。
柚香×星風というここ最近では最も息の合ったコンビのサヨナラ公演のために小池氏が書き下ろしたのは、ナチスドイツ占領下のパリを舞台に、ユダヤ人スタッフが亡命したレビュー劇場「アルカンシェル・ド・パリ」を守り、さらにはパリを破壊から守ろうと奮闘するダンサーと歌手の物語。コロナ禍でトップ期間中すべての大劇場公演が完走できなかった不幸な柚香にナチス占領下で公演ができなかったレビュー劇場のスターを重ね合わせたのだという。
占領下のパリを舞台にしたフランス映画の名作は数多くあるが、この作品は1966年の大作「パリは燃えているか?」がベース。主人公の名前がマルセル、ヒロインの名前がカトリーヌということで、真っ先にパントマイムの名手マルセル・マルソーの戦時中のエピソードを描いた映画「沈黙のレジスタンス」とカトリーヌ・ドヌーブ扮する女優が占領下の劇場を守りぬいた映画「終電車」を思い浮かべたのだが、小池氏はそれらをうまくミックス、柚香と星風というスター芝居に作り上げた。
聖乃あすか扮する現代の歌手イヴ・ゴーシュが、柚香扮するダンサー、マルセルと星風扮する歌手カトリーヌの過去の思い出を語るという体歳で、かつてのレビューシーンをふんだんに盛り込みながら展開する構成。スター中心のハリウッドミュージカルや宝塚にもよくあった手法のバックステージもので、レビューシーンの合間にストーリーが展開、ミュージカルというよりミュージカルレビューといった方がしっくりくる。昔なら宝塚グランドレビューとサブタイトルが付いたであろう懐かしい舞台となった。
冒頭、聖乃が登場、ミュージックホールの思い出を語り始めると舞台は84年前の「アルカンシェル・ド・パリ」にタイムスリップ。柚香はじめ星風らスターたちが燕尾服とドレスで登場する華やかなレビュー「魅惑のパリ」の1シーンに。侑希大弥はじめ次代を担う若手男役が女役でずらり勢ぞろいするセットシャルマンが壮観。白井レビューを彷彿させるプロローグが繰り広げられる。
約5分ある華やかなレビューシーンから舞台は「モンマルトルのピエロ」の稽古風景へ。ピエロの柚香、少女コゼットの美羽愛、二枚目の中尉に希波らいとという配役によるモダンダンス。稽古途中にフランス政府がパリをナチスに明け渡したとの知らせが入り中断。ユダヤ人演出家のコーエン(紫門ゆりや)とスターダンサー、ジェラール(舞月なぎさ)が亡命を決め、急きょ、スター歌手のカトリーヌ(星風)が演出を任されることになる。
マルセル(柚香)は振付を任されることになるが、ナチスの文化統制官フリードリッヒ(永久輝せあ)からウィンナワルツとジャズの二つにバージョンを作るよう指令を受ける。かくして「美しく青きドナウ」のワルツ版とジャズ版がつくられていく。こんな感じで、劇中劇としてさまざまなレビューシーンが挿入される。
柚香マルセルと星風カトリーヌは当初は意見が違って対立するのだが次第に打ち解けていくというのはお定まりの展開、一方、ものわかりのいいドイツ文化統制官フリードリッヒはドイツ兵たちに絡まれていた若手の歌手アネット(星空美咲)を助けたことから愛が芽生える。物語はこの二組のカップルの恋の行方とナチスによるパリ爆破計画とそれを阻止しようとするレジスタンスの地下運動が並行して展開していく。
柚香はモダン、ワルツ、ジャズ、ラテンとさまざまなジャンルのダンスにくわえてピアノの生演奏まで披露するなど宝塚生活の集大成といった感じのステージ。ピエロのソロのしなやかで繊細な動き、一幕中盤のジャズダンス「スゥイング」の切れ切れの激しい動きも柚香ならでは。男役としてのダンスがこれで見納めかと思うとちょっと残念な気も。
一方、星風はスター歌手という設定で、ダンスはもちろんシャンソンからクラシックまで様々なジャンルの歌を披露。なかでも、宝塚でも代々歌い継がれている「ヴィリアの歌」や「待ちましょう」で聴かせた。柚香との呼吸の合った縦横無尽なセリフのやりとりも楽しい。
次期トップに決まっている永久輝のフリードリッヒは、芸術に理解のあるナチス将校という敵役ながら人間味のある役どころ。演技巧者永久輝の丁寧な役作りがみどころだ。新コンビ星空とは「ミラクル」というデュエットもある。ジャズダンス「スウィング」ではダンサーぶりも見せつけた。
永久輝の相手役アネットを演じた星空も歌に芝居に存在をアピール。星風カトリーヌがドイツに旅立った後、ラテンナンバー「ココナツ・パラディ」では代役としてヒロイン役に抜擢される。星空自身もフィナーレのエトワールを担当するなど次期娘役トップとしての今後に期待を抱かせた。
聖乃はストーリーテラーに撤して、舞台全体の進行を担う役目を担うが、口跡がよく、ストーリーをわかりやすく伝えた。
専科から特別出演の一樹千尋がコメディアンのペペに扮しピエロのシーンでシャンソンの名曲「フルフル」を歌うが、この曲が後半でうまく使われているのも効果的だった。もう一人の専科、輝月ゆうまがカトリーヌに岡惚れするナチスの将校をいつもながらの濃さと迫力で、ナチス将校といえば羽立光来の上官もはまった。一方。この公演で退団する帆純まひろは「アルカンシェル・ド・パリ」のダンサーのロベール役。レジスタンスに参加、パリ爆破計画阻止に貢献する重要な役の一人を任され好演、有終の美を飾った。
小池氏にとっては「眠れない男ナポレオン」以来10年ぶりの完全オリジナルで、柚香、星風のサヨナラと永久輝、星空新コンビの押し出し、くわえて白井レビューへのオマージュとミュージカルの融合という狙いは成功しているが、全体的な印象としてはレビュー劇場のバックスステージ物の割には装置に豪華さが足りず、結局、大階段を使った定番のフィナーレが一番ゴージャスに見えたのが皮肉だった。
©宝塚歌劇支局プラス2月13日記 薮下哲司