©️宝塚歌劇団
愛月ひかる、一途に愛に生きた男を熱演、星組公演「マノン」開幕
星組の人気スター、愛月ひかる主演のミュージカル・ロマン「マノン」(中村暁脚本、演出)が1日、宝塚バウホールで開幕した。フランスの作家アベ・プレヴォ―による「マノン・レスコー」を19世紀スペインに舞台を移してミュージカル化したもので、2001年に当時、花組の若手スターだった瀬奈じゅんが主演、彩乃かなみの共演で初演、二人がのちに月組でトップコンビとなるきっかけとなった作品で、以来20年ぶりの再演。惚れた女性をとことん愛しぬく一途な男を愛月が圧倒的な存在感で演じぬいた。
原作は1731年に発表された古典で、ファム・ファタール(男を破滅させる魔性の女)が登場した最初の小説といわれ、アレクサンドル・デュマ・フィスの名作「椿姫」のヒロイン、マルグリットがこの原作を読む描写があるなど古くから知られた小説。マスネやプッチーニがオペラ化、バレエにもなり20世紀になってからは何度も映画化され「恐怖の報酬」の巨匠アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の「情婦マノン」が有名。その後もカトリーヌ・ドヌーブ主演の「恋のマノン」などがある。宝塚ではこの作品以外にも同じ原作をもとにインドシナ戦争中のベトナムに置き換えた「舞音(マノン)」が、龍真咲、愛希れいかの主演で2015年に月組で上演されている。
今回の作品は舞台を19世紀のスペインに移し替え、情熱的なスパニッシュを絡めながら展開したバージョン。貴族の御曹司が旅先でふと出会った美貌の女性に一目ぼれ、そのまま二人で出奔してしまい、親からは勘当されるは、賭博に手を染めて一文無しになるは、親友を裏切るはと、どん底に堕ちていくも、愛する女性に一途な愛を貫き通すという男の破滅型純情ストーリー。
その主人公ロドリゴに扮したのが「ロミオとジュリエット」の「死」があまりにも素晴らしく、ネット上でも「愛ちゃんの死」のハッシュタグが大反響となった愛月。プロローグの登場シーンから圧倒的な存在感で舞台を制し、センターで踊るダンスでも他を寄せ付けないオーラを発散させた。
そんな愛月ロドリゴを翻弄するのがマノンで、マノンが魅力的でないと成立しない話だが、マノンに扮した有沙瞳も登場シーンから、愛月扮するロドリゴが出会いの一瞬で電撃的な恋に落ちるだけのコケティッシュさを発散させた魅力的な造形で納得させた。ここでほぼ成功したようなものだったが、脚本がファム・ファタールというよりは世間知らずのお嬢さんといった雰囲気に描かれていて、自由奔放なマノンのイメージとは程遠く、せっかく有沙という素晴らしい素材があるのに生かしきれず、男女の業の深さようなものを出せなかったのが残念だった。
愛月ロドリゴは、とにかくかっこよく、不器用な生き方しかできない無鉄砲な青年というには、男役として完成されすぎているような気がしないでもないが、愛に一途に突っ走る若さの情熱をほとばしるパワーで巧みに演じ切った。演技に熱がこもると声が割れるときがあるが、それを逆に愛月の魅力のポイントにしてしまっているところもすごい。
星組は現在3班に分かれて公演を行っていて、「マノン」組は、主人公の二人以外は比較的若手が中心。マノンの兄レスコーが天飛華音、ロドリゴの親友ミゲルが綺城ひか理、マノンを囲おうとするアルフォンゾ公爵が朝水りょう、レスコーの恋人エレーナの水乃ゆりといったところが主要人物。これにロドリゴの両親役の大輝真琴と紫月音寧、この公演で退団するロドリゴの兄ホアン役の桃堂純が少し絡む。
初演はレスコーが蘭寿とむ、ミゲルが壮一帆だったことを思えば、天飛も綺城も出世役ということになり、特にロドリゴを悪に染める天飛がもうけ役。綺城はロドリゴを陰で支える辛抱役というところ。この公演が最後となる桃堂は、ロドリゴの行く末を案じる兄を好演した。
終わってみればロドリゴにもマノンにも感情移入できないままラストのクライマックスを迎えてしまった感はあるが、一途に愛におぼれる男の弱さを演じる愛月を見ているだけで十分満足させたのはさすがだった。
フィナーレは芝居ではしどころのなかった綺城が最初にメーンで歌い踊り、続いて愛月を中心にしたスパニッシュの群舞、そして愛月、有沙のデュエットダンスと続く、短いがスパニッシュミュージカルらしい濃いフィナーレだった。
©宝塚歌劇支局プラス7月2日記 薮下哲司