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宙組トップ、朝夏まなとのサヨナラ公演「神々の土地」開幕

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 ©宝塚歌劇団

 

宙組トップ、朝夏まなとのサヨナラ公演「神々の土地」開幕

 

宙組トップスター、朝夏まなとのサヨナラ公演、ミュージカル・プレイ「神々の土地」~ロマノフたちの黄昏~(上田久美子作、演出)とレヴュー・ロマン「クラシカルビジュー」(稲葉太地作、演出)が18日、宝塚大劇場で開幕した。いまや宝塚で最も信頼の厚い作家。上田氏の力のこもった新作と、稲葉氏の朝夏のためのサヨナラショー、見ごたえのある二本立てとなった。今回はこの模様をお伝えしよう。

 

「神々-」は、デビュー作「月雲の皇子」でその類まれなストーリーテリングの巧みさで驚嘆させた上田久美子氏が、「金色の砂漠」に続いて書きおろした大劇場第3作。朝夏とはブラームスの青春時代を描いた「翼ある人々」以来のコンビとなるが、今回は、1915年の帝政ロシアを舞台に、皇帝ニコライの従兄弟ドミトリーが、国を救うための結婚か、国を棄てて恋をとるか、革命前夜の激動の中での葛藤の中、怪僧ラスプーチン暗殺事件に巻き込まれていき、結局いずれも手にすることなく、やがて亡国の民になるまでを描いた愛と葛藤の物語。装置、衣装と共に宝塚歌劇とは思えない格調の高い作品に仕上がった。

 

凍り付いた波涛をイメージしたかのような荒々しくも寒々とした幕が上がると、紗幕の向こうにニコライ皇帝(松風輝)の街頭パレードが浮かび上がる。そこへボルシェビキが銃を乱射しながら乱入、同道していたセルゲイ大公(寿つかさ)が皇帝をかばって亡くなる。そこでいったん暗転となり、朝夏の重々しい声による開幕アナウンス。序幕からまるで上質のオペラを見るような本格的な舞台で、革命の渦の中、ドミトリー(朝夏)とセルゲイ大公の未亡人イリナ(伶美うらら)の一筋縄ではいかない激しくも抑制された恋が、一瞬たりも目の離せない緊張感をもって展開、見ごたえたっぷりの充実したロマンの世界に誘ってくれる。脇役を含めた登場人物すべて誰が主人公になってもおかしくないほどの存在感を示し、ミュージカル・プレイとあるがクラシック・ロマンとでも呼ぶべき重厚さだった。朝夏のサヨナラ公演という特別な感傷は忘れてしまうほど、作品としてのクオリティーが高く、しかし、それ相応の気遣いも見せた演出は心憎い。正義感あふれる凛々しい青年を演じた朝夏と大人の女性の色香をにじませた伶美とのコンビがなんともいえない成熟した雰囲気を漂わせ、ラスト近くの伶美の情感がこもった演技が見事で、もっともっとこの二人で新作を見たいと思わせるほどだった。

 

紗幕内側でのパレードのあと、場面は首都ペトログラードへの転任が決まったドミトリーの送別会が開かれているモスクワ郊外のセルゲイ大公邸に移る。華やかな舞踏会の様子は「戦争と平和」をほうふつさせる豪華なもの。ひとしきりダンスが終わっても肝心のドミトリー本人が現れないのでジナイーダ(純矢ちとせ)らがペトログラードでの噂話に花を咲かせている。ここで当時の世情がしっかりと説明されるのだが、このへんのさりげない会話の挿入がなんともうまい。場面変わって大公邸近くの雪原。猟銃を持って狙いを定めている朝夏ドミトリーがやっと登場。大鹿を仕留めたところで、セルゲイ大公未亡人でドミトリーの世話をしているイリナ(伶美)が、ドミトリーを探しにやってくる。そしていきなり二人の雪原でのタンゴへと展開していく。二人の関係を台詞なしで一気にわからせてしまう。灰色の雪原に朝夏の紺の軍服と伶美のブルーのドレスが映えてこのうえもなく美しく目に焼き付く。この雪原は、後半で再び登場、この場面が重要な伏線ともなる。

 

ストーリーの軸は、皇帝ニコライ(松風輝)と皇后アレクサンドラ(凛城きら)の寵愛を受け、ロマノフ王朝で暗躍する怪僧ラスプーチン(愛月ひかる)の暗殺計画。雪原の場面のあとドミトリーの近衛騎兵隊任官式が行われる大階段に真っ赤な絨毯をしきつめたエルミタージュ大広間の装置が、暗殺シーンでも効果的に使われる。

 

革命前夜、複雑な帝政ロシアの政情を背景に、貴族としての尊厳を貫こうとした一人の青年の姿を描いたこの作品は歴史上の実際の出来事をベースにしているだけに、勧善懲悪の単純なストーリー展開になりうるはずもなく、登場人物それぞれに浅からぬそれなりの人生観がある。それだけに見終わった後、心にずしんと重く響く。上質の小説を読み終わった時のようなそんな感覚だ。史実とフィクションのバランスも巧みで、この時代の雰囲気を見事に宝塚の舞台に再現していたと思う。

 

これがサヨナラ公演となった朝夏は、最後に力のこもったいい作品に巡り合ったといえるだろう。故国の行く末を憂い、自ら行動を起こす正義感あふれる青年貴族という役柄は、まさに朝夏にうってつけ。皇帝の従兄弟ということで、皇帝の長女オリガ(星風まどか)との結婚で、次期皇帝の座も約束され、ロシアを救うこともできたのだが、セルゲイ大公未亡人イリナへの思い断ちがたく、婚約披露パーティーに危険を冒してやってきたイリナを抱きしめてしまう。そんな真っ直ぐな青年像が朝夏ならではの宝塚の男役の美学にうまくはまった。

 

イリナ役の伶美は、ドレスの着こなしがどの場面も息をのむほど美しく、彼女もサヨナラ公演にして魅力全開。ダンスの上品な身のこなしも若き大公夫人というにうってつけだった。ごく自然に情感のこもった台詞がほとばしり出る、芝居の巧みさにも感心させられた。サヨナラ公演ということで役的にはこれだけ配慮があるのに、パンフレットの序列の配慮のなさは少々驚かされた。

 

二番手の真風涼帆は、ドミトリーにラスプーチン暗殺を誘う名門貴族の青年ユスポフ。貴族として生きる正当性をとくとくと述べる場面が最大の見せ場で、真風の品格が役にうまく重ね合わされたといっていいだろう。金持ちの論理がこれだけ嫌みなくさらっと聞ける人もいない。妙に納得してしまうほどだった。

 

あとこの作品での大きなキーパーソンが3人。まずラスプーチンに扮した愛月ひかる。二枚目をかなぐりすてての個性派演技に挑戦、二枚目を棄てたことが役に真実味を与えて、忘れられないラスプーチンだった。暗殺場面でドミトリーが何発撃っても、何度刺してもなかなか死なないところは、思わず「ベルばら」のアンドレを思い出してしまったが、これは史実らしい。生命力の強さの表現か。ロマノフ王朝を滅亡に導く皇后アレクサンドルは、男役の凛城きらが起用され、その存在感の確かさで、作品に大きな厚みを持たせた。もう一人組長の寿つかさのマリア皇太后役も忘れてはならない。冒頭のセルゲイ大公との二役だが、この皇太后役は思いがけない配役だったが、その圧倒的な威圧感は寿ならでは。

 

澄輝さやと、蒼羽りく、瑠風輝の男役3人はドミトリーの貴族仲間としての登場だが、それぞれ独特の個性がつけられており印象的。なかでも澄輝のコンスタンチンはジプシーの踊り子ラッダ(瀬音リサ)との恋模様が絡み、これが時代をうまく反映させる役になっていていた。瀬音は野性的なジプシーの踊り子役で歌、ダンスとも印象的。桜木みなとはその弟ソバール、急進的なボルシェビキのリーダーで、桜木にとってはかなり冒険的な役どころだが、これが意外にあっていて、貴族の軍服姿をみたかったファンには申し訳ないが、新境地開拓といったところだった。

 

あと、ドミトリーの婚約者オリガを演じた星風の清楚な中にも熱い思いがあふれる確かな演技も心に残った。ドミトリーと共に花菱りず演じる皇太子アレクセイとお忍びでジプシーの酒場に行くくだりも重要な場面で、アレクセイがギターを習うミーチャ(優希しおん)の存在もドミトリーの心の動きの大きな伏線となる。細かく伏線が張り巡らされており、どの場面も目が離せない。狩猟番イワンに扮した風馬翔にしても、いい味を出していて人生を感じさせた。

 

一方「クラシカルビジュー」は、宙組メンバー全員が宝石であるというコンセプトのもとで作られたレビュー。もちろん朝夏は太陽(ダイヤモンド)ということになる。朝夏を中心に真風、愛月、桜木、伶美、星風の5人が案内役となりさまざまな宝石が紹介されていくという趣向。朝夏と伶美はルビーの場面でのデュエットがムード満点、伶美は真っ赤なドレスで美貌が映えた。朝夏と真風のサファイアの場面での青い炎のダンスが妖しいムードと続くが、後半、朝夏が黒燕尾でソロのダンスを踊るあたりから朝夏の魅力が全開。一面に星空がちりばめられた舞台上で踊った後、純白のドレス姿の淑女たちが登場、一人一人と絡むうち、大階段には紳士たちが現れ、朝夏を中心にした燕尾服の群舞に発展していく。約10分間、ずっと踊り続ける朝夏、まさに本領発揮だ。ポーズが決まった後、再び一人になった朝夏を見守るように、純矢がホルストの「惑星」をアレンジした歌を歌いだし真風をはじめ宙組の宝石たちが順番に登場して朝夏との別れを惜しむ。サヨナラ公演らしい展開でパレードへとなだれ込む。ダンサー朝夏を前面に押し出したレビューだった。

 

©宝塚歌劇支局プラス8月19日記 薮下哲司

 


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